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 怪談界きってのストーリーテラーであり、著者累計の売上は40万部を突破した松原タニシ氏。この夏上梓した『恐い怪談』(二見書房)は、タニシ氏が取材を重ねた実話怪談から選りすぐりの100本を構成して書き下ろしたもの。

 お盆だもの、タニシさんの珠玉の怪談で涼しくなってみませんか? 4日目は、タニシさんがちなみさんという方から聞いたというお話、「沈むユンボ」をどうぞ。


沈むユンボ

 ちなみさんの母親は北関東の小さな村で生まれ育った。その村から隣の村に至る坂の途中に、古い道祖神(どうそじん)が2体祀られていた。あまりに古い石像のため顔もよくわからないが、いつのころからか「お不動様」と言われ、坂道は「不動坂」と呼ばれていた。

 派手な祭りも行事もない村だったが、子供の誕生やちょっとした願いごと、病気やケガの快癒祈願などにお参りする、身近で便利な神様として親しまれていた。

 誰が管理の責任者というわけではないが、お不動様のすぐ脇の崖下に大きな池を持つ古い農家の人が面倒を見ていた。その農家は集落では有数の旧家で、馬や牛や鶏や羊などの家畜を飼っていた。

 農家の池には鯉やイモリや蛇、カエル、いろんな水辺の虫などが棲息していた。たくさんの生き物に囲まれて暮らす農家の家族は、近所でも評判の豊かでおおらかな人たちだったが、代が替わっていくうちに、古い大きな家ではなく、いまどきのモダンな家が欲しいと言いだす男が現れた。

 男は新たに家を建てる土地として庭をつぶすのはもったいないと思い、利用価値のない池をつぶそうと考えた。

「古い池は簡単につぶすもんじゃない、やむをえない場合はしっかりとお祓いをしなさい」

 古老たちが忠告をするものの男は聞く耳を持たず、お祓いをするにも埋め立てを業者に頼むにもお金がかかる。ならばお祓いはせず、埋め立ても自分でやろうと行動を起こした。

2024.08.13(火)
文=松原タニシ
写真=志水 隆