「いや、ちょっと待って下さい」
若宮は大真面目だったが、雪哉にはわけが分からなかった。
今まで、若宮が唐突な行動を取る事は多々あったが、それには説明がないだけで、きちんとした根拠があった。今回のように、まるで意味のない事を言いだしたのは初めてである。
「それって、完全に勘じゃないですか」
戸惑いながら反論するも、若宮はこちらを一顧だにしなかった。
「勘は勘でも、金烏の勘だぞ」
何もないわけがない、と断言する若宮に、雪哉は違和感を覚えて沈黙した。
――『真の金烏』なんてものは、宗家が自分の力を守るために作り上げた、便宜上のものではなかったのか。若宮の言葉を聞いていると、まるで、本人はそう考えていないかのようだ。
さっき栖合について語っていた行商人のいた場所に駆け戻ると、彼はまだそこにいた。どうやら、栖合のために仕入れた商品が捌けずに、これからどうするかを決めかねていたらしい。
「栖合の者のためにここまで持って来たのに、売れなきゃ商売上がったりですよ。届けに行って、帰って来るような時間はないし」
こっちはすぐにでもここを出なくちゃならないのにと、ほとほと困った風の行商人に、若宮は金子を差し出した。
「私がその商品を買い取って、向こうに届けて来よう」
明らかに代金には多い額に、行商人は目を丸くした。
「そりゃ、こっちとしては有難いが、あんたはそれで良いのか」
「ああ。栖合に急用が出来たのでな」
行商人は大喜びで商品と交換し、若宮はその足で、最初の宿へと向かった。郷吏達の方に進展がないのを確認すると、すぐに厩に預けていた馬を引き取って来る。
「このまま、栖合に向かうつもりですか」
「お前は行かないのか」
「いえ」
いずれにしろ、若宮に従う以外の選択肢はないのだ。
馬は、若宮と雪哉を背中に乗せて、田間利を飛び立った。
環状街道を越え、旧街道沿いに飛ぶようになると、一気に家屋の数も少なくなり、周囲は寂れた印象になる。特に村と呼べるような集落もなく、ぽつぽつと民家があるくらいだ。宿の者の話によると、栖合は数世帯が集まっただけの小さな集落であり、栖合より先に住んでいる八咫烏は、まずいないだろうとの事だった。
2024.07.27(土)