「雪哉の、大切なものを守りたいという気持ちに嘘はない。その気持ちを無下にしてしまっては、あまりにあの子が可哀想だ」

 雪哉殿は馬鹿ではない、それは貴方が一番よくお分かりだろうと、慰めるように墨丸は言う。

「私は、本人の意思に任せるのが一番だと思う。雪哉殿は聡明であると同時に、とても頑固でもあるから、きっと、他人に何を言われようが気にしないだろう。その代わり、本当に護りたいもの、やり遂げたい目標が見つかれば、君が今まで心配していたのが馬鹿らしくなるくらい、自由に羽ばたいて行くのではないかな」

 弟を信じておあげなさいと諭されたような気がして、雪馬はなんとなく恥ずかしくなった。年頃はあまり変わらないはずなのに、こうしていると、まるでずっと年上の八咫烏に相談しているような気分になる。

 それを言うと墨丸は、微妙な顔を返したのだった。

「当たらずといえども、遠からずかな」

*     *     *

 ――一体、どうしてこうなった。

 半ば頭を抱えながら、雪哉は目の前の背中を睨みつけていた。

 墨丸と名乗る男が垂氷郷にやって来た、翌日の朝である。

 垂氷のぼんくら次男こと雪哉は、笑顔で手を振る親兄弟、郷吏と郷吏の家族達に見送られ、墨丸とともに郷長屋敷を後にした。

 墨丸の連れて来た馬に二人して乗り、空に飛び立ってしばらく。

 間違っても誰かに話を聞かれる事のない所までやって来て、雪哉はこの一日、言いたくても言えなかった言葉をようやく吐き出せたのだった。

「何が『若宮殿下の使い』ですか」

 こんな所に護衛の一人も付けずにやって来るなんて、と雪哉は息巻いた。

「ふざけるのも大概にして下さい、若宮殿下(・・・・)!」

 墨丸――もとい、日嗣の御子こと若宮、奈月彦(なづきひこ)は、真面目くさった顔で言い返した。

「勘違いされては困る。若宮殿下は宮中にて、現在も立派にお役目を果たされている。今の私は、若宮殿下の側仕えである『墨丸』以外の何者でもない」

2024.07.27(土)