――てめえ、何をする!
不審者は三本足で郷吏の体をがっちり摑むと、その喉笛に噛みついたのだ。
翼をまるで手のように使い、郷吏の体を押し包もうとする。当然、そうなればまともに飛べるはずもないのに、まるで、自分が鳥形である事を忘れてしまったかのような動きだった。
――おじさん!
ひと固まりになって墜落する二羽に、雪哉は叫んだ。郷吏は必死になって不審者を振りほどこうとするが、間に合わない。
畑にいた者達が、上空の異変に気が付いて、慌ててその場を離れる。
どしゃん、という鈍い音と共に、二羽は頭から、畑の中に落っこちてしまった。
「おい!」
「あんた、大丈夫かい」
打ち所が悪かったのか、郷吏は呻いたきり、鳥形のまま蹲っている。
駆け寄る八咫烏の姿を見て、雪哉はひやりとした。一緒になって落ちた不審者の体が、わずかに動いたのが目に入る。
――おばさん、近付いちゃ駄目だ!
雪哉の警戒の声とほぼ同時に、不審者が勢いを付けて起き上がった。嘴は割れ、額から血を流している。それなのに、構わず目の前の女達に向けて嘴を振り下ろそうとする姿に、雪哉は覚悟を決めた。
鳥形のまま急降下し、その後ろ頭を思いっきり蹴りつける。
不審者に襲われて腰を抜かした女が、後退りながら悲鳴を上げた。
「坊ちゃん!」
――早く逃げて!
変な姿勢で落ちたせいか、不審者の翼は不自然に歪んでいる。空までは追って来られないと踏んで、雪哉は急降下と急上昇を繰り返しながら、大烏の体にしつこく蹴りを入れ続けた。案の定、飛べなくなったらしい不審者は雪哉の挑発に乗り、ぎこちなく羽ばたきながら後を追おうとする。
もう少しすれば、郷長屋敷から応援が来るはず。それまで粘れば、こっちのもんだ!
雑な攻撃をかわし、宙返りして嘴から逃れた雪哉はしかし、畑の向こうで、呆けている幼児がいる事に気が付いた。逃げおおせた女の一人が、子どもをここから遠ざけようと、駆け寄って行くのが見える。
2024.07.27(土)