だが、徐々にこちらに近づく鳥影は、馬にしては飼い主が見えず、鳥形の八咫烏にしては、あまりにも落ち着きが無いように見えた。

「……何か、様子がおかしくない?」

 かなり離れているはずなのに、ギャアギャアと鳴く声が聞こえる。その上、まるで溺れているかのように、無茶苦茶な飛び方をしている。

「俺、ちょっと見て来る」

 雪哉が言えば、よし、と雪馬が頷いた。

「じゃあチー坊、お前は郷吏達に報せて来い。あの分だと、どこか怪我をしているのかもしれない」

「分かった!」

「頼んだぞ。俺は、おばさん達に声を掛けて来る」

 兄が駆けだす気配を感じながら、雪哉と雪雉は、鳥形へと転身した。

 郷長屋敷へと飛んで行く末弟に背を向けて、雪哉は迫り来る鳥影に向かい、一直線に飛び立った。飛んでみて分かったが、やはり、上空に強い風があるというわけではない。あそこまで羽ばたく必要はないはずである。

 不審者の顔を視認出来る所まで近づいて、雪哉はぎょっとした。

 飛び方を忘れたように羽ばたく烏は、とても正気には見えなかった。

 黒い(くちばし)は開きっぱなしで、舌は垂れ、泡を吹いている。目玉はぐるぐると忙しなく動き回り、意味を成さない奇声は、耳を(つんざ)かんばかりだった。

 ――あんた、一体どうしたんだ。

 並んで飛びながらカア、と強く声をかけたものの、聞こえていないどころか、こちらの姿も見えていないようである。大声を怪訝に思ったのか、集落のあちこちから、大人の八咫烏が顔を出し始めた。

 ――何があった、坊。

 弟から話を聞いたらしい、仕事をしていたはずの郷吏が、雪哉のすぐ近くまで飛んで来た。「見ての通りです」と翼を翻せば、異常な様子が伝わったのだろう。わずかに考えた後、郷吏はガア、と声を上げた。

 ――一旦、地上に下ろしてやろう。手伝ってくれ。

 了解の意味を込めて緩やかに降下し、雪哉と郷吏は場所を入れ替わる。

 声を掛けながら、ゆっくりと近づいて行った郷吏は、しかし次の瞬間、不審者に組みつかれて怒号を上げた。

2024.07.27(土)