ドラマの沖縄ロケで目にした驚きの光景

 1年後、わたしは沖縄にいた。
 わたしのエッセイが原作のドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の撮影現場の見学で。

 プールの水面を、ジンベエザメの浮き輪につかまって、ぷかぷか浮いている彼に会いにきた。彼の名は吉田葵くん。弟・岸本草太役を演じる、ダウン症の俳優だ。

 葵くんの演技を見るのは、これで2回目。
「よーい!」
 カメラがまわる。
 スーッ。
 ジンベエザメが、水面を泳ぎだす。葵くんが水面をウニョウニョと蹴り、気持ちよさそうに進んでいく。

「カーット! もう一度、進む方向かえて!」
 スタッフさんがジンベエザメの尻尾をつかみ、逆再生のごとく引き戻されていく。うなだれる葵くん。
 長引きそうだなと思っていると、大きな声が響いた。
「あのう、これって、足をバタバタさせたほうがいいですかー?」
 葵くんの声だった。

 びっくりした。
 東京で撮影が始まってすぐの頃の葵くんは、こんな風にハキハキと自分の考えを話せていなかった。

わからないことや思いを言葉にしようとする理由

 葵くんが着替えている間、葵くんのお母さんにおそるおそる近づいた。
「葵くんたら、しゃべるの、めっちゃ上手になってらっしゃいません……?」
 お母さんも、びっくりしていた。
「や、やっぱりそう思いますかっ」
「そう思いすぎます」
「わからないことや、思ったことを伝えると、撮影がうまくいくっていうのに葵も気づいたみたい。一生懸命、言葉にしようとしてるんです……」

 演技経験もなく、複雑なシーンも手探りで、時折アドリブを入れすぎてしまっていた葵くんのことを思う。
「岸田さんは、やっぱりわかるんですね」
 そりゃあ、もう、わかるに決まってるじゃないですか。
 次は、たぶん、野球ですよ。

国道沿いで、だいじょうぶ100回

定価 1,540円(税込)
小学館
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2024.07.23(火)
文=岸田奈美