必要だったのは対等な友だちの存在
かいとくんにも知的障害がある。野球はかいとくんが教えて、カラオケは弟が教えているそうだ。
かいとくんは年下なので、弟の方が先輩風を吹かせているように見える。友だちの話をするときの弟はどこか、誇らしげだ。
そうか。
家族では、ダメだったのか。
言葉を多く交わさずとも、わたしたちは、それなりにわかり合えるようになってしまった。家族だから。
弟が出かけるとき、母やわたしは彼の通訳もした。
言葉の壁で、弟を傷つけたくなかった。
弟に必要だったのは対等な友だちの存在だった。
でも、実際は違った。
「かいとくんと楽しく暮らしたい」という思いが、弟に言葉をしゃべらせた。
同じ家で生活していると、嫌なこともあっただろう。頼みたいことも、喜ばせたいこともあっただろう。うまくいかなくても、傷ついても、なにかを伝えたい相手。
弟に必要だったのは通訳ではなく、そんな対等な友だちの存在だったのだ。
「えっ、なに? もう一回言うてや!」
かいとくんが聞き、弟は繰り返す。ちょっとだけ言葉や身振りを変えて。
蚊帳の外に放り出されてしまった。わたしと母は、ほんの少し寂しくて、かなりうれしい。
もう大人で、新しい友だちなんかめったにできなくなったわたしは、かなりうらやましい。
2024.07.23(火)
文=岸田奈美