駅前留学じゃあるまいしたった2カ月で…

 ある日、わたしが席を立つと。
「なみちゃん、カギわすれとる。ほんまにあかんで!」
 弟がわたしを呼び止めた。しゃべっている。はっきりと。ろくに言葉をしゃべれなかったはずの弟が。

 変わったことといえば、弟がこの2か月前、家を出て、グループホームで同じくダウン症の人たちと暮らしはじめた。とはいえ、駅前留学じゃあるまいしたった2か月やそこらでこんなことが起きるだろうか。

 弟から、カギを受け取る。
「なみちゃんはもう、ほんまに、あかんわこれ」
「やかましいわ」
 イラッ。海外に短期留学した友人が、夏休み明けに帰ってくるなりルー大柴みたいなしゃべり方になったときと同じ成分のイラッ。

2024.07.23(火)
文=岸田奈美