そうか。家族では、ダメだったのか。

 言葉以外にも、変化があった。
 風呂上がりにリビングへ行くと、弟がいた。
 シュピッ。シュパッ。
 タオルを振りかぶっている。
「オオタニ、ショウヘイ、です」
「そっか、大谷翔平か」

 だからなんだと言うのだ。
 野球選手の形態模写もできるようになっていた。もともと彼は、野球などまったく興味がなかった。試合中継に目をくれたことすらない。ルールだって知らないはず。

「誰から教わったん、それ」
「かいとくん」
「そっか、かいとくんかあ……」
 誰や。
 そうか。家族では、ダメだったのか。
 かいとくんの正体は、グループホームの同居人だった。

 ああ、そういえば。
 週末は実家で過ごした弟を、日曜の夜にグループホームへ送っていくと、庭でバットの素振りをしている青年がいた。
 シュッとした長身、スポーツ刈りの髪、バット、そして着ている服の刺繡は『OHTANI』で、背番号17。彼が、かいとくんか。

「うわーっ、きっしゃん、髪切ったんか! めっちゃ似合ってるやん」
 きっしゃんって誰や。散髪してきたばかりの弟は、頭をポリポリとかきながら照れていた。お前か。
「あとで野球しよや」
 ふたりはグループホームへと楽しそうに吸い込まれていった。

2024.07.23(火)
文=岸田奈美