「あ、パソコン」
みゆきさんの前には、寮に来てはじめて目にしたノートパソコンが置いてあった。
「え? インターネットとかできるんですか?」
できないよ、とみゆきさんは画面を立ち上げながら笑った。
私が二回生になった二〇〇二年。Wi―Fiなんて気の利いたものはまだ普及しておらず、個人がインターネットにアクセスするには有線でパソコンとつなぐしか手段がなかった。ISDNやら、ADSLやら、インターネット用の回線がようやく引かれるようになった時代である。それにともない、インターネットの接続料金がお安くなりました! というテレビや雑誌の広告は日を追うごとにやかましくなり、何のこっちゃ、と思いつつ、デジタルに関する社会環境が急速に変化していることを肌で感じさせられた。何しろ私が高校生の頃は、電話回線を使ってインターネットにつないだ時間だけ、お金を払う必要があり、月に何十万円の請求が来ることもある、なんて話をよく聞いたからだ。
にょごたちがアクセスできる電話回線の引かれている場所が、寮監先生の部屋前しかない以上、寮でインターネットを使うことは不可能である。ゆえにパソコンを購入しようと考えたことはなく、もっぱら、大学のパソコンルームでの利用に限られていた私だが、みゆきさんは設計図の計算をするためにパソコンを使っていた。彼女は同じ大学の工学部建築学科に所属していた。
「これからはますますインターネットの時代になるだろうね。何でもネットでできるようになる。そのうち、大学に行かなくても、部屋で授業が受けられるようになるかもよ」
コロナによる自粛期間、子どもたちの自宅学習が決まったとき、まっさきに思い出したのがみゆきさんの言葉だった。あれから二十年が経過し、まさか、こんな状況でタブレット一枚を使って、リモートで中学校や小学校の授業を受けることになろうとは――。複雑な気持ちで、食卓から聞こえてくる担任の先生の声を受け止めたものである。
2024.07.08(月)