「私の顔色、どのくらい悪い?」
「昔、家の鍵とスマホと財布をなくして窓から家に入るはめになった友達が、そんな顔してました」
「私は旅先で、ホテルの鍵とスマホと財布に加えて、レンタカーの鍵もなくしたことあるけど、その時のほうがまだ元気だった気がする」
「それだけドジだと生きづらそうですね」
私は三十五歳で次郎丸くんは二十八歳。今もなお体育会系の縦社会のなごりを捨てきれないこの業界にいながら、立場も年齢も明確に上である私に対してこうやって遠慮ないコメントをくれるのが彼の良いところだ。
「最近はもう自分のドジにも慣れてきたから、対策するようになったよ。旅行で運転するときは、レンタカーの鍵は絶対なくさないようにGパンのベルト通すとこにぶら下げるようにしたんだ」
「当てましょうか。Gパンに鍵つけてるの忘れてそのまま着替えてGパンしまって、旅行二日目の朝に車に乗ろうとしたタイミングで気づいて車の横でスーツケース開け直すハメになったんじゃないですか」
「何で分かるの」
「勇崎恭吾さん、本当に間に合わない感じですか?」
次郎丸くんの淡々とした呆れ声が、現実に私を引き戻す。
本番開始まで四十分。とっくに勇崎さんの入り時間は過ぎている。メイクと衣装合わせを考えると、仮にいまこの瞬間にテレビ局に到着したとしても放送開始には間に合わない、なにしろ今回の勇崎さんのメイクは特別なのだ。なかなかシビれる緊急事態であり、まだ現場のスタッフたちへ正式に情報共有されているわけではないものの、伝聞で状況は伝わっているらしかった。
「マネージャーさん――勇崎さんの奥さんと、今話せた。勇崎さん昨日は夜通し外出されてたみたいで。たぶんどっかで朝まで飲んでたんでしょって言ってた」
「ああ、あの人奥さんがマネージャーやってるんでしたね。じゃあ、泥酔してどっかの路上で寝てるかもしれないんだ」
「そう、今どこにいるか分からない」
2024.07.07(日)