「この特番がコケたらさ」私は次郎丸くんをまねてなるべく淡々と言ってみた。「私制作外されることになってるんだ。営業か経理か、とにかく制作からは離される」
次郎丸くんは珍しく、目を丸くしていた。彼の脳内ではいま、スーツを着て広告代理店と打ち合わせをしたり机に向かって伝票を処理したりしている私をイメージしようと試みているのだろう。パーカーとニューバランスの私しか見たことのない彼には至難の業であるはずだ。というか私ですら想像できない。スーツなんて入社式以来着ていない。
「コケるって、具体的には」
「この特番、ツークールごとにやってて今回四周年だから……もう八回目でしょ? これまでの七回の平均視聴率を下回ったらアウト」
そもそも総個人視聴率が毎年前年割れしてる中で、これまでの視聴率を超えるというハードルは、改めて口にすると震え上がってしまうくらいに高い。
「視聴率だけじゃなくて、ネットでも話題かっさらえって言われてて。旧Twitterトレンド一位とれないと駄目って。それくらい話題にしろって」
といいつつ、これは正直クリアできると思ってる――番組の内容的にも話題になりやすい要素だらけだし、SNSとの親和性高い作りだし。
「あと、事故ったらもちろんアウト」
トーク番組の生放送というだけでうちの局では十数年ぶりくらいだし、しかも内容が内容なので、あらゆる種類の事故があり得る。全財産をどちらかに賭けろと言われたら、私は迷いなく今日のオンエアが事故る方に賭ける。
「いや、ヤバすぎでしょ。ふつうそこまで課されないですよ。何でそんなことになっちゃったんですか」
「私のドジと不器用さがついに会社にバレちゃって」
「というと」
「この間、担当してるレギュラー番組の収録でさ、たまたま養生されてなかったカメラのケーブルに引っかかって転んじゃって、しかもその流れで大御所司会者にお茶ぶっかけちゃって」
「ああ……」
「急いで謝罪しようと思ったんだけど、やらかしちゃった後悔と焦りがあまりに強すぎて、何か脳の変な回路がつながっちゃって、敢えて逆だ! の思考で『たまにはこんな感じで若手の頃の気持ち思い出してみるのもいいんじゃないでしょうか』的なこと言っちゃった」
2024.07.07(日)