「凄いな、いろいろ激しい噂は聞いてたけど、まさかゴールデンの生の番組に遅刻するなんて。幸良さんも、全国ネットの生放送で遅刻者を出した統括プロデューサーとしてテレビ史に名を残せるかもしれないですよ」

 次郎丸くんの軽口に、

「生放送に出演者が遅刻すること自体は、別にわりとあることだよ。千鳥のノブさんは正月のお笑いの特番で七時間遅刻してるし、フジの『ノンストップ!』だと小籔さんだったり博多華丸・大吉の大吉さんが遅刻したことがある。その大吉さんがMCの『あさイチ』にナイツの塙さんが遅刻したこともある。前例ならいくらだってあるんだから」

 絶対いまこんな話なんかしてる場合じゃないにもかかわらず、早口でまくしたててしまう。次郎丸くんは目を細め、

「なんで生放送遅刻事例のデータベースが頭に入ってるんですか」

「そりゃインパクトあることだから、覚えてるよ」

「テレビを愛しすぎですよ。まあ、前例があるならそんなに焦る必要ないじゃないですか」

「いや、次郎丸くんも分かってるでしょ、今日の放送は勇崎さんマストなの。勇崎さんが縦軸(・・)みたいなもんだから。それに、予告でもかなり勇崎恭吾が出演するってことであおってるし」

 勇崎恭吾は今年で五十二歳のベテラン俳優である。七年ほど前の映画出演(ヒロインのお父さん役)をきっかけにブレイクした超遅咲きタイプ。最近独立してタレント事務所〈勇崎オフィス〉を立ち上げており、数名のタレントが所属している。所属タレントをドラマや映画、バラエティで見かける機会も多く、社長業としても順調である。間違いなくバラエティ番組、しかもこんな超ハイリスク(・・・・・)な番組に出るようなタレントではない。

「ねえ次郎丸くん」頭二つぶんくらい高い位置にある彼の目を見上げる。「どう思う? 出演者の遅刻は私の責任? それとも外的要因?」

「番組に関する全ての責任はプロデューサーに帰する」次郎丸くんは抑揚を削ぎ落とした声で言った。「僕はそう認識してますけど」

2024.07.07(日)