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物語と現実を行き来する女性作家の抱える“業”

 アメリカの作家シャーリイ・ジャクスンをモデルにした映画『Shirley シャーリイ』(ジョセフィン・デッカー)もあわせて紹介したい。1948年、短編小説『くじ』で一世を風靡した作家のシャーリィ(エリザベス・モス)は、夫のスタンリー(マイケル・スタールバーグ)が務める大学で起きた、女子大生行方不明事件に興味を抱き、事件を題材に新作長編を書こうとする。だが、執筆は思うように進まず、夫との関係は徐々に緊迫する。そんなある日、夫の部下のフレッド(ローガン・ラーマン)と妻のローズ(オデッサ・ヤング)が同居人としてやってくる。シャーリィの小説のファンであるローズは、気難しく風変わりな彼女に翻弄されながらも、その創作活動を手助けするように。

 女子大生の行方不明事件から、シャーリィとスタンリーの夫婦関係、シャーリィとローズの間に結ばれる奇妙な主従関係へと、人々の歪な関係がこれでもかと披露される。

 作家であるシャーリィは、物語を生み出そうと苦悩するうち、失踪した女子大生とローズの姿を空想のなかで混同していく。ふたりの若い女性に刺激を受け、作家は新たな物語をつくりだす。一方、シャーリィに影響されるかのように、ローズもまた自分なりの物語を空想するようになる。シャーリィとスタンリーの夫婦関係はなぜこれほど暴力的なのか。彼女はなぜこの事件にことさら魅入られるのか。やがてローズは、姿を消した女子大生とスタンリーとの間には何か関係があったのでは、と考えずにいられなくなる。そしてその「物語」に魅了されたローズがある一線を越えたとき、彼らの関係は大きな破綻を迎えることになる。

 幻想と現実の間を行き来するふたりの女性。ローズは自分のなかで作家としてのシャーリィ像を妄想し、シャーリィもまたローズという女性をもとに自分勝手に物語をつくりあげる。ただし、ローズの頭のなかで膨らんだ物語が現実という壁にぶつかるのに対し、シャーリィのつくりだす物語は、その後も作品として世の中に広まっていくだろう。現実から物語をつくるのは創作行為の常だが、そこで傷つけられた人がいる場合、創作物とその作り手に罪がないといえるのか。こうして、創作行為がもたらす恐ろしい側面が徐々に浮かび上がる。

  「物語」に魅入られた女性たちの姿を描く『メイ・ディセンバー』『あるスキャンダルの覚え書き』『Shirley シャーリイ』。この3つの映画は、「物語」のもつ快楽と恐怖を、たしかに教えてくれる。

映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』

2024年7月12日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
https://happinet-phantom.com/maydecember


映画『Shirley シャーリイ』

7月5日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
https://senlisfilms.jp/shirley

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Column

映画を見る、聞く、考える

映画ライターの月永理絵さんが、毎回ひとつのテーマを決めて新旧の映画をピックアップ。さまざまな作品を通して、わたしたちが生きる「いま」を見つめます。

2024.06.30(日)
文=月永理絵