この記事の連載

 映画ライターの月永理絵さんが、新旧の映画を通して社会を見つめる連載。第10回となる今回のテーマは、「“物語”の怖さ」。

 1990年代に実際にアメリカで起きた事件から着想を得て生まれた映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』。13歳の少年と36歳の女性の不倫、獄中出産、そして結婚。果たしてそれは純愛か、“洗脳”か――?


自分が作り上げた「物語」の中で生きるのは、幸せか?

 フィクションに限らず、人はいつも「物語」を追い求めている。身近なできごとから物語をつくりだすのが大好きな人は多い。物語に魅せられる人が多いからこそ、小説や映画のような創作物が生まれたのだし、タブロイド紙がいまだに力を持つのもそのためだ。忘れてはいけないのは、人の欲望によってつくりだされた「物語」は、語られるうちにどんどん肥大化していくものだということ。それはときに、真実から遠く離れ、場合によっては、誰かの実人生にも影響を与えてしまう。「物語」の力とは、あまりに甘美で、だからこそ危険なものだ。

 『エデンより彼方に』(02)や『キャロル』(15)で知られるトッド・ヘインズ監督の最新作『メイ・ディセンバー ゆれる真実』は、「物語」に魅入られたふたりの女性をめぐる映画。

 23年前、ある街のペットショップで働くふたりの男女の情事が、スキャンダルを引き起こす。夫や息子と暮らす36歳の主婦グレイシーが性行為をした相手は、なんと息子と同級生の13歳の少年ジョーだった。児童レイプの罪に問われたグレイシーは、刑務所の中でジョーとの間にできた子供を出産。このスキャンダルなニュースはタブロイド紙の恰好のネタとなり、全米の注目を集めることになった。そして23年が経った現在、刑期を終えたグレイシーはジョーと結婚し、すでに3人の子供をもうけている。そんな彼女たちのもとに、ハリウッドから女優のエリザベスが訪ねてくる。事件の映画化が決まり、グレイシーの役を演じるエリザベスは、役作りを兼ねて自ら調査にやってきたのだ。

2024.06.30(日)
文=月永理絵