劇場を出たときには、まるで一度生まれ変わったかのようにいつもの風景が少し違って見えるーー。
富名哲也監督の最新作『わたくしどもは。』は、佐渡島の金山跡地を舞台に、過去に心中したらしい男女が、名前も記憶もなくしたまま再会する魂の物語。圧倒されるような佐渡の自然と悲しい歴史を背負った金山跡地を背景に、俳優たちがその佇まいや肉体表現で静かに綴る詩歌のような映画である。
現世と来世の狭間の世界を体現し、彷徨える恋人たちを演じた小松菜奈さんと松田龍平さんに話を聞いた。
鑑賞後に想像する余白がある作品
――完成作をご覧になっていかがでしたか?
松田 なんて言ったら良いかな。全体的に言葉が多い映画じゃないんですけど、なんか、ゆっくり役者の言葉を汲み取りながら観られる映画だったなと思って。観終わった後に心地いい風が吹いていて、そんな映画でした。
小松 観る方に解釈を委ねる作品ですよね。田中泯さんや森山開次さんらがダンスや肉体で表現される場面や、能のシーンがあったり。鑑賞後に、どういう意味だったんだろうと、想像する余白があるんです。それぞれの受け取り方によってきっと違った印象になるのが面白いなと思います。
松田 佐渡の景色は素晴らしかったですね、そんなに大きい島ではないんですけど、緑も鬱蒼としてパワーがありました。難しい説明は必要なく、感覚で受け止めればいいのかなと。
小松 佐渡島ならではの自然を映していましたよね。鳥のさえずりや風の吹く音など、目を瞑ると本当にその空間にいるような、魂がそこに飛んで行ってしまうような不思議な感覚になりました。
――現世と来世の狭間のような世界。ふたりは名前の記憶を失い、「ミドリ」「アオ」と名付けられます。バックボーンのない人物を演じるのはいかがでしたか?
小松 最初にいただいた台本では、それぞれの登場人物のバックボーンが描かれていたのですが、それがブラッシュアップされるうちに、言葉ではなく表情や佇まいで語るような表現方法に変わっていきました。
松田 そうですね。セリフも、もう少し人間味があるというか、キャラクターが表れている感じだったんですけど、少し古風な、敬語というか、無機質なセリフに変わって。富名監督の現場でガラッと変えられる潔さがあって、なんか安心できたんですよね。――馴染みのない話し方なのでなかなかセリフを覚えられなくて、最初は苦労しましたけど、話し方の癖も「現世に置いてきてしまった」と考えると納得できました。
小松 私の演じるミドリは自分のことを「わたくし」と言うことになって……。
松田 そういえば(現場で)初めの方は戸惑っていたよね?
小松 はい。普段使わないので、自分に落とし込むのが難しくて、「大丈夫でしたか?」と何度も監督や松田さんに聞いてしまいました。
松田 「俺もわからないけど、たぶん大丈夫」って(笑)。小松さんが大丈夫なことだけはわかりましたね。
2024.05.31(金)
文=黒瀬朋子
撮影=鈴木七絵
ヘアメイク=小澤麻衣(mod’s hair)(小松さん)、Taro Yoshida(W)(松田さん)
スタイリスト=遠藤彩香 (小松さん)、石井大(松田さん)