部屋を照らした雷の明かりでAさんが見たものとは
その日は朝から曇りで、Aさんは天気予報を見て早めに洗濯物を取り込んでいました。あらかた取り込み終えた頃にはザアザアと雨が降り始め、次第に雷まで鳴り出していたといいます。
「あれ、Mさん家まだ洗濯物干したままかな?」
Aさんは洗濯物を畳みながら、さっきベランダで隣のMさんの洗濯物がまだ干されたままだったことを思い出し、慌てて外廊下に出て、Mさんの家のインターホンを押しました。
ピーンポーン。
「はーい」
ドアを開けてくれたMさんは、育児の疲れからかさっきまでうたた寝でもしていたような表情でした。
「Mさん、雨降っているよ。洗濯物!」
「え、あ、本当だ!」
慌てて電気の点いていないリビングを走り抜けてベランダに出ていくMさん。
ピカッ! ゴロゴロゴロ!
雨音を切り裂くように鳴り響く雷鳴。
Aさんは、薄暗いリビングに高校生くらいの背丈に成長していた“あの女の子”が座っているのを見ました。
うわ、もうこんなに大きくなっている……。
「ごめんなさいね! 声かけてもらっちゃってー! 助かったわー!」
ベランダから大きな声でこちらに話しかけているMさん。
「い、いいえー! 気になったから急に声かけちゃったまでで」
突然、女の子がスッと椅子から立ち上がりました。
「ヒッ……!」
その瞬間、Aさんは思わず声を上げてしまいました。
立ち上がった女の子はお腹から下が血まみれで手には包丁が握られていたのです。その血はどうやらケガによるものではなく、誰かの返り血のようだったといいます。
Aさんの声に気がついたのか女の子はゆっくりと振り向くと、力なく笑ったそうです。
ピカッ! ゴロゴロゴロ!
再び部屋を照らした雷の明かりでAさんが瞬きをすると、女の子は姿を消していました。
「あの、どうかしました?」
「いや、別に……じゃあ、私はこれで」
それからしばらくして、Aさん一家はその公団住宅を引っ越しました。
もし、娘さんが高校生に成長し、あの子と同じような行動を取ったら? AさんにはとてもじゃないですがそのことをMさんに伝えることはできませんでしたし、何よりその日が近づいてくるのを側で見続けることなどできませんでした。
Mさん一家がどうなったのか。Aさんは何度も何度も調べようと思ったそうですが、その度に思いとどまっているのだそうです。
2024.04.24(水)
文=むくろ幽介