「あの子、成長しているんじゃないかな……」
ある日の休日。
Aさんは家に帰るなり部屋でくつろいでいた旦那さんにこう言いました。
「私、心療内科とかに行ったほうがいいのかも……」
驚いた旦那さんがAさんから聞いた話はにわかには信じられないものでした。
Aさんが買い物から家に帰ると、一階の駐車場でMさんとTさんが大きな荷物を運んでいるのに出くわしました。
「Mさん、お腹の子が女の子だということがわかったらしいんだけど、それで嬉しくなって今日大きなスーパーで女の子用のプラスチック製の椅子を見つけて勢いで買っちゃったんだって。でもね−−」
Aさんの背筋に悪寒が走ったそうです。というのも、2人が運んでいる椅子のデザインがあのとき部屋で女の子が座っていた椅子と全く同じだったのです。
「でも、椅子が同じデザインだったからというだけで病院行くっていうのは……」
「違うの。私、その後Mさんの家に椅子を運ぶのを手伝ったんだけど、そのときに−−」
椅子の箱の片端を掴んだまま背を向けて部屋に入っていくTさん。Aさんは箱の反対側の持ちながらTさんと一緒に部屋に入っていったのですが、そのときに、開いていたドアの向こうのリビングで、5歳くらいの女の子がじっとTさんを見つめていたというのです。
「5歳くらいって、この前見たときは2、3歳の子って言っていなかったっけ」
「あの子、成長しているんじゃないかな……。あのね、こんなこと考えたくないけど、その子、Mさんのお腹の子の未来の姿なんじゃないかなって。だって、顔つきが似ているのよ」
Aさんは言葉を失っている旦那さんを見て、深いため息をつきました。
「……何言っているんだろう、私。どうかしちゃったのかな」
数ヶ月後。
Mさんは女児を出産しました。
Mさんが無事に自宅に戻ったときにはAさんも喜んだそうで、嬉しそうなMさんとTさんを見て、『もしかしたらこれで女の子はもう現れないかも』と思ったそうです。しかし、現実に女の子が生まれてからも“あの女の子”は見え続けました。
Tさんが買い物に行くときに後ろに付いていったり、回覧板を届けるときに廊下の隅に立っていたりと、当たり前のようにMさんの家に現れる女の子。
彼女は現実の人間の数倍の速度で成長しているようで、あっという間に中学生になっていました。その着ている制服は地元の中学校のもので、Aさんは『ああ、Mさんたちはこの子が中学生になるくらいまでは、この辺りに住み続けるのだろうな』と思ったそうです。
慣れというのは恐ろしいもので、この異常な日常も実害がないといつの間にか当たり前になってしまい、Aさんは成長を続ける“未来の女の子”を見て見ぬ振りをしながらやり過ごしていました。
しかし、あの日ついに決定的なできごとが起きてしまったのです。
2024.04.24(水)
文=むくろ幽介