2016年からライブ配信サービスTwitCastingで放送されている怪談チャンネル「禍話」。北九州に住む書店員のかぁなっき氏が、学生時代の後輩であり映画ライターでもある加藤よしき氏を聞き手に繰り広げる怪談は、軽妙な語り口とは裏腹にじっとりと忍び寄るような恐ろしくかつ不可解なものばかりです。

 今回は、そんな「禍話」の中から“事故物件”の内見にまつわる奇妙なストーリーをご紹介します――。


「ママ、ここ“おにぎりの匂い”がする」

 旦那さんと4歳の息子さんの3人で暮らしている専業主婦・高木さん(仮名)は、近く都心への引越しを検討していました。家事の合間を見つけては物件探しで不動産屋を回っていた彼女はその日、不動産屋の案内で都心から少し離れた閑静な住宅街の物件をいくつか内見に来ていました。

「あの、実はここから10分ほどの距離にご希望の条件に近くてお値段もお手頃な物件があるのですが、よろしかったらご覧になられますか?」

 不意に不動産屋の青年が見せてきた間取りは2階建ての一軒家。確かに彼の言う通り間取りは希望条件に合うものでしたが、その値段が相当安かったこともあり、高木さんは「ずいぶん安いですね……」と、つい心の内を漏らしてしまいました。

 すると青年は「実は前の住人の方が2階で自ら亡くなられまして……」と早口気味にまくし立てたあと、高木さんが見てくるのを待ってから「事故物件というやつです」と申し訳なさそうに呟いたそうです。(注:事故物件、正確には「心理的瑕疵物件」と言い、自殺や事故死といった心理的な抵抗を示す物件を指す言葉です。)

「ああ、なるほど。初めて当たりました」

 高木さんは空気をなごませるように微笑むと、つい「じゃあ、覗いてみようかな、物は試しってことで……!」と返してしまったのだとか。

 当然、買う気はありませんでしたが、心霊スポットなどとして語られることも多い事故物件が実際にどんなものなのか気になったのです。

 夏の日差しの中、汗を滲ませつつ歩き着いたのは想像よりも小綺麗な家でした。中に入ってもその印象は変わらず、ここが事故物件ですと言われても到底そうは思えない雰囲気の物件でした。

「広いねー!」

「こら、勝手に走ったらダメ!」

「ほとんど家具もないですし、大丈夫ですよ」

 そう微笑む不動産屋の青年にぺこりと頭を下げながら靴を脱いでいると、リビングや廊下を一通り駆け回った息子さんが戻ってきてこう言いました。

「ママ、ここ“おにぎりの匂い”がする」

「何を言っているの、この子は……お腹でも空いているのかしら」

 高木さんの言葉に青年は笑顔のまま応えなかったそうです。

2024.02.03(土)
文=むくろ幽介