この記事の連載

小児精神科医でハーバード大学医学部准教授、そして3児の母である内田舞さん。内田さんは、渡米14年目の2020年、新型コロナパンデミックの中、妊娠34週のときにmRNAワクチンを接種し、ワクチンのメカニズムの科学的な説明やその後の経過についてSNS等で発信してきた。しかし、その内田さんが直面したのは誹謗中傷の言葉の数々だったという。炎上や論破ゲームの波に飲み込まれず、分断や差別を乗り越えるために、心と脳のメカニズムについて綴った 内田さんの著書、『ソーシャルジャスティス』より一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目。後篇を読む


妊娠中のワクチン「接種するリスク」と「接種しないリスク」

 ワクチンの安全性や有効性を示す治験の結果や、妊娠には影響を与えにくいと考えられるmRNAワクチンの仕組みを吟味して、妊娠34週だった2021年1月初旬にワクチンを接種できたときには、安堵の気持ちでいっぱいでした。何十年間にもわたるmRNA研究が高い予防効果と安全性を有するワクチン開発につながったことへの感動、また最前線でコロナ治療にあたっている医療者への感謝とともに、「もうすぐ普通の生活に戻れるかもしれない」という希望が胸を占めました。

 さらに、世界でも初めてに近い段階で妊娠中にワクチンを接種させてもらった者として、後に続く妊婦さんのためになる情報を提供したい思いが強く、ワクチン接種をした妊婦の追跡研究に参加しました。私の妊娠の経過や、出産後の赤ちゃんの健康状態に関して追跡調査を許可し、また私がワクチン接種して産生した抗体が胎盤を通ってお腹の中の赤ちゃんに渡り、赤ちゃんをもコロナ感染から守ってくれることを確認する研究にも参加しました。

 私自身は、妊婦さんのワクチン接種のデータがなくとも、既に充分に存在した基礎研究のデータを見て、このワクチンが私の妊娠や赤ちゃんに悪影響を及ぼすことはなく、重症化予防のベネフィットは大きいと自信を持てましたが、やはり多くの方が大丈夫と思えるには臨床研究が必要です。その後、私も参加した臨床研究によって、妊娠中の新型コロナワクチン接種の安全性と有効性を示すエビデンスが積み上がり、現在では妊娠中の接種は世界的に推奨されています。

 私が妊婦としてワクチンを接種した2021年1月の時点で、日本では未だ新型コロナワクチンは承認もされておらず、mRNAワクチンのメカニズムの説明も十分になされないなかで、「なんとなく怖いワクチンなんじゃないか」と漠然とした不安を抱えた方が多い時期でした。

2024.01.12(金)
著者=内田 舞