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ダンスを通して知ったこと

――ご自身にとって発見だったのは、言葉にフォーカスしていた部分がフィジカルな部分に移ったということでしょうか。

 そうですね。言葉を喋るということを突き詰めていくと、結局フィジカルなところに行き着きます。身体の状態で言葉が変わりますし、声音も変わります。身体のどの部分から出てきて、どういう風に出ていくのかということは言葉も、動きも同じです。すべてが身体と結びついていくという体験ができました。さらに他者を通して世界を感じるということもコンテンポラリーダンスでなければできないものです。言葉は一人でしゃべり散らかすことができるものです。相手に邪魔をされることで初めて何かが自分から出てくるということは、ダンスを通して知ることができました。ですから、邪魔をしてくれる他者という存在をありがたく感じるようになりました。

――主人公の岡田トオルという役を渡辺大知さんと2人で演じることについては、どう思っていらっしゃいますか? また、岡田トオルに共感する部分はありますか?

 1人の人物を2つに分割にすることで人間の多面性を表現することは、演劇では非常によくある王道の手法だと思います。村上春樹さんの原作『ねじまき鳥クロニクル』を読んで、この手法で表現するのがうってつけだと思いましたし、実際に演じてみても面白かったです。

 僕は“ハルキスト”ではないので、見当違いと思われるかもしれませんが、岡田トオルという人物は80年代の一般社会の平均的な人物として描かれていると僕は思います。頭が良くて、教養もあって、論理的な思考だから、人とも闊達にコミュニケーションが取れる。人生うまくやっていけると当たり前のように思っている。

 しかし、ある日突然、果たして自分は本当に生きているといえるのだろうかという、壁にぶち当たり、井戸の底で非現実的な世界へと巻き込まれていく。そして自分が生きているということ、生きていくとはどういうことなのかに、気づいていく。妻のクミコにしても、高校生のメイにしても、「今まで本当に一緒にいられたのだろうか?」という話だと僕は解釈しています。生きているという実感を探すことなのだと思います。

――村上春樹さんの作品には他にも触れていらっしゃいますか?

 僕はそれほど活字が得意ではないんです。だから普段あまり小説は読まないのですが、いざ読むとなったときに、趣味程度に読んでいるのと、演じるために作品を分析して読むのでは、全然違います。作品について語るのはとても難しいことですが、文体ということでいえば、村上さんが英語の文法で日本語を書くというテクニカル的なことを意識して書かれていたことがあると聞いたことがあります。それは要するに僕たちがしゃべっている日本語が言語的にいかに不安定かということでもあるのですが、不安定だからこそ面白い。村上春樹さんの他の作品を読んでいても文体にそれを感じます。日本語は論理的ではないんだけれど、論理的にしようとして、日本語の非論理的なところに帰っていくみたいなことをなさっているのかなと思います。

「やれやれ」という独特な表現をどうするか

――『ねじまき鳥クロニクル』の稽古を通して見えてきた課題や新しい発見があれば教えてください。

 再演に向けた稽古での課題は山積みですが、インバル・ピントとアミール・クリガーという2人を軸にして村上春樹さんの舞台を創るのは、とてもふさわしいことだと日々実感しています。

 村上春樹さんの言葉には非常に特徴があって、英訳しきれない部分がある。インバルとアミールは英語の対訳台本を見ながら稽古を進めていきますが、その中で写実主義と表現主義の間(あわい)というものが、究極の課題だと思っています。

 その写実主義と表現主義というものが、日本では独自に進化を遂げていて、どこの国にもないような文体で人は話しています。こんな風に人間はしゃべらないという言葉を日本人は楽しめるんですね。アニメ文化などはまさにそうなんですが、村上春樹さんはそういう文体を非常にうまく使っています。

 日本は夏目漱石の時代に西洋のリアリズムであるような“言文一致体”という文体で表現することに、一度失敗しています。文学史的に、その写実主義的な文体、しゃべり言葉を発見できなかった分、書き言葉と混ざりあって変な言葉が生まれてきているんです。それは英語にはない言葉なのです。西洋の方と一緒に作品創りをするときは、彼らは写実主義というものを根底に持ってやってくるので、写実ではない複雑な言葉をどう表現するかは、我々が考えなければなりません。僕はその日本語の複雑さがやっぱり大好きです。

 村上春樹さんが使う言葉に「やれやれ」とか「なんてことかしら」などがありますが、これはアニメやキャラクターではなくて、写実でもないですよね。そういうところの面白さと難しさということがあると思います。キャラクターっぽくしてしまえば、一番簡単に落とし込むことができますが、そうではなく、インバル・ピントという素晴らしい非言語の表現にたけた人物が携わるうえで、言語がどういう風に聞こえてくるのか。それがリアリズムでも、アニメーションのキャラクターでもない何かが、宙に浮いたものとして響いてきたら、それがすごく村上春樹的なのかなと、初演の時もずっとそう思っていました。

 でも、それってすごく難しいこと。アミールは素晴らしいディレクターなので、演者の状態から、言葉のぎこちなさなどを把握して、「身体をリラックスして」とかいろんなアドバイスをくれるのですが、「やれやれ、なんてことかしら」みたいな言葉に対しては、お互いにどうするべきなのかが見いだせていないんです。それをどうやって見つけていけるのかが課題ですね。

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成河(ソンハ)

1981年、東京都生まれ。大学時代に東京大学内の演劇サークルで演劇を始める。北区つかこうへい劇団10期生。2008年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞受賞、2011年第18回読売演劇大賞優秀男優賞受賞、2022年第57回紀伊國屋演劇賞個人賞受賞。近年の主な出演作に劇団☆新感線『髑髏城の七人』Season花、ミュージカル『エリザベート』、『子午線の祀り』、ミュージカル『スリル・ミー』、ミュージカル『COLOR』、『建築家とアッシリア皇帝』、木ノ下歌舞伎『桜姫東文章』、『ラビット・ホール』、『ある馬の物語』、『桜の園』など多数。

舞台『ねじまき鳥クロニクル』

原作:村上春樹
演出・振付・美術:インバル・ピント
脚本・演出:アミール・クリガー
脚本・作詞:藤田貴大
音楽:大友良英
出演:成河/渡辺大知 門脇 麦
大貫勇輔/首藤康之(W キャスト) 音 くり寿 松岡広大 成田亜佑美 さとうこうじ
吹越 満 銀粉蝶 ほか

【東京公演】11月7日(火)~26日(日) 東京芸術劇場プレイハウス
ホリプロ公演事業部 03-3490-4621

【大阪公演】12月1日(金)~3日(日) 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
梅田芸術劇場 06-6377-3888

【愛知公演】12月16日(土)・17日(日) 苅谷市総合文化センター大ホール
メ〜テレ事業 052-331-9966

次の話を読む俳優・成河が語る、演劇への危機感 「入場料金が1万円。このままでは 日本の演劇は滅びる」【後篇】

2023.11.06(月)
文=山下シオン
撮影=佐藤 亘