この記事の連載

 圧巻の演技力と演じることへの情熱に溢れる俳優・成河さんだからこそ、キャストにその名前を目にした時、作品への期待感を膨らませてくれる。

 そんな成河さんの次回作は、2020年に初演された村上春樹原作の『ねじまき鳥クロニクル』の再演だ。演出は初演と同じく、イスラエルの奇才・インバル・ピントと気鋭のアミール・クリガーが手がける。世界的にも評価されている村上春樹の作品を演劇としてどのように表現してくれるのだろうか。再演に向けて真摯に取り組む彼が、作品への率直な思いを語る。

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――『ねじまき鳥クロニクル』の2020年の初演時で印象に残っていること、そして再演が決まったときのお気持ちをお聞かせください。

 『ねじまき鳥クロニクル』の初演は、世界的にも著名なインバル・ピントが、自身が得意とする身体的な表現と言語の担当として新たに迎えたアミール・クリガーとともに、日本人が描いた物語を舞台化するという大きなチャレンジでした。新しいメンバーでクリエーションするということで、いろんなワクワクやドキドキ、そして良い意味での衝突もあり、手探りをしながら霧の中を最後まで進んでいったというような印象があります。

 初演はコロナ禍に入った直後で、東京公演の最後の方で打ちきりとなってしまって、“終わった”という実感がありませんでした。この作品を、インバルの本国であるイスラエルでも上演したいとか、ヨーロッパやアジアをまわりたいという夢を皆で語っていました。そんな希望がもしかしたら実現するかも、というときにパタッと終わってしまった。いや、終わったというより、終わることができなかったという印象です。

 ですから、初演時はクリエーションとしては充実していて面白かったんですが、ゴールが見えないまま進めていて、いよいよこれからだという手応えを残したまま上演が終了したので、ずっとそれを演らなければならないという思いでいました。ですから、再演は初演でできなかったことに挑む機会だと思います。

「“達成感”を味わったことは一度もない」

――舞台『ねじまき鳥クロニクル』を通して、演じ手として今までにない達成感を実感できたというような特別なご経験はありましたか?

 僕は自分が携わった作品を通して“達成感”というものを味わったことは、今までで1度もありません。欲張りなので、演じているうちに次々と課題が見えてくるんです。

 ただし、一つの大きな転換という意味では、『100万回生きたねこ』(2015年)でインバル・ピントと出会い「コンテンポラリーダンス」の基礎を教えていただいたことには、俳優として技術的な部分に、すごく大きな発見がありました。それまでの“僕の文法”にはないものだったんです。

 そういう意味でも、インバル・ピントという人は、僕の人生においても、とても大きな存在です。ですから、インバルと物創りができるならば、それだけで僕はとても幸せですね。押したら開くと思っていたドアが、実は引いたら開くドアだったことに気づいたというくらい、本当にガラッと変わったんです。自分というものの捉え方も、表現に対する考え方にも根本的な変化が起こりました。

 ただ、『100万回生きたねこ』は僕が参加したのは再演で、この『ねじまき鳥クロニクル』初演で初めてインバルとゼロからのクリエーションができました。初めて大きな“生みの苦しみ”が体験できたことが大変でもあり、とても楽しかったんです。

2023.11.06(月)
文=山下シオン
撮影=佐藤 亘