かたばみは、クローバーに似た3つの葉が寄り添う、繁茂力の強い植物。このタイトルの通り、妻と夫と子が家族というユニットになり、家族と家族がまた集まって戦中戦後の苦しい時代を乗り越えていく物語だ。
「国が戦争をしていても一人一人の日常は続く。学校に行ったり、仕事をしてご飯を食べて、という生きるための営みを止めるわけにはいかないですよね。戦争という非日常の中に日常があることを不思議に感じてきたので、あの時代に“普通の人”がどう生きたのかを書いてみたいと思いました」
有望な槍投げ選手として上京した悌子(ていこ)は、引退後も国民学校代用教員として小金井に残る。早稲田大学野球部に進んだ幼馴染・清一との結婚を期してだったが、彼は故郷に残った別の女性と結婚して出征。呆然とする悌子を支えたのは仕事と、下宿先の一家だった。やがて終戦を迎え、悌子は下宿のおかみの兄・権蔵と結婚、思わぬ形で養子・清太を迎えることになる。
「ステップファミリーを描くのに、現代が舞台だと複雑な過程が必要です。逆に江戸時代だと養子はさほど珍しくない。戦後の、とにかく助け合わないと生きていけない社会だから、悌子も押し流されるように、夫婦にも親子にもなれたんだと思います。私のまわりで長く結婚生活を続けている方々がよく『結局、誰と結婚しても同じだった気がする』って言うんです(笑)。どんなに慎重に条件を考えて選んでもダメな時はダメだし、悌子と権蔵のようにたまたま近くに居た相手と穏やかに連れ添えることもある。男女も家族も実は、考え方ひとつなんですよね」
終戦により教育現場も激変する。軍の言いなりだった教頭は途端にGHQ信奉者になり、生徒に矛盾を押し付けることに悌子は葛藤する。一方、家庭でも義弟の復員や生さぬ仲の子育て、甥や姪の反抗期、と事件は尽きない。
「竹槍の練習してたのが、今日から自由だ民主主義だって教科書を墨塗りさせられて、大人に裏切られたと感じる子もいたでしょう。でも、システムではなく価値観が変わる時代を、後世からジャッジするのは簡単なこと。自分がその時代に生きていたら、悌子のように戸惑い、ブレながら、半信半疑で進んでいくしかないと思うんです。声高に反戦を叫ぶヒロインはかっこいいですけど、小説は教条的になってしまいます。それよりも、戦争で色々なものが頓挫してしまった中で、家族という小さいけど激動する集合体を必死に築いていく姿に私は心惹かれます」
等身大の苦悩とささやかな幸せの連続に笑って涙する、忘れ難い1冊だ。
きうちのぼり 1967年東京都生まれ。2011年『漂砂のうたう』で直木賞、2014年『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。近著に『占』『剛心』など。
オール讀物2023年9・10月合併号(第169回直木賞決定&発表!)
定価 1,400円(税込)
文藝春秋
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2023.09.19(火)
文=「オール讀物」編集部