大人のケンカはえげつない

──その当時、お兄さんは同居してたんですか?

山本 2階に兄が住んでました。兄はちゃんと働いてましたけど。

──マンガの中に、山本さんが住んでいる部屋をお兄さんに明け渡すエピソードが出てきますよね。あれ不思議だなと思って。家を出て行って空き部屋ができたわけではなく、いま住んでいる部屋から、強制的に追い出されるわけですよね?

山本 それには事情があって。2階に私の部屋と兄の部屋があったんですよ。それで兄が今の奥さんと結婚することになって、結婚の前準備みたいなことで、うちの2階で2部屋使って同居することになったんです。彼女と実家で同居するという。

──結婚前に実家で同棲するのは、珍しいですね。

山本 それで「じゃあさほをどかすか」ということになって、納得いかなくて大ゲンカになったんです。大人のケンカって本当にえげつないですよ。兄は格闘技やってたから、私はボコボコにされて。私は殴り返す力がないから、全力で爪を立てて、「いかに痛い思いをさせるか」に集中してました。あれは本当に壮絶なケンカでした……。その結果、「もう出て行く!」と言って、私は実家を出たんですけど。

──そのケンカ、かなり尾を引いたんですよね。

山本 それから10年くらい、顔を合わせても話をしなかったんですよ。でも兄は、それから結婚して、子供も生まれて、すごく丸くなったんです。だから兄の方から仲直りしたい雰囲気を出してくれてて。結婚式のときも母経由で、「さほは出席するの? お兄ちゃん、さほの席空けてるみたいよ」と聞いてきたりとか。でも私の方はもうムキになってるから、「いや、いい」とか言って(笑)。今ではたまに連絡を取ったり、お土産を渡しあうくらいの仲に修復しました。

親は「排水溝のネット」

──親をテーマに選んだときから、母親と衝突したエピソードは描くつもりでした?

山本 そうですね。私、親に対するコンプレックスがすごく強いんですよ。

──どんなコンプレックス?

山本 「一人前になれていなくて、親をずっと心配させている」みたいな。

──あとがきにも書いてありますね。「大人になること」についてずっと悩んできて、そのルーツをたどっていくと、母よしえに行き着くと。

山本 「心配をかけた母を安心させたい」という気持ちがずっとあるんです。マンガ家になったときも、真っ先に思ったのは「これで親が喜んでくれる」ということだったし。だから親をテーマにしたとき、「早く一人立ちしたい」という当時の自分を描くことになるだろうな……とは思っていました。

──お母さんから「仕事はちゃんとあるの?」と心配されるのって、もう落ち着きました?

山本 今もですよ(笑)。ずっとそうです。こないだ母の日にお花を送ったら、手紙が返ってきて、「仕事は大丈夫なの?」と心配されてました。

──お父さんは怒らないからのびのびとやれるし、お母さんは心配してくれているから、何かあったとき助けてくれる。ご両親のどちらの性格も、山本さんにとってプラスに働いているように思えます。その先にきっと「親に頼ればいっか~!!」という境地があるんでしょうね。

山本 言い方が悪いんですけど、私、親って「排水溝のネット」みたいなものだと思ってるんですよ(笑)。人生のどこかで大きな失敗をしてしまった時、ネットがないとそのまま下水に真っ逆さまだけど、ネットがあればひっかかって最後に救ってもらえる。私の中で、親ってそういう最後のネットみたいな存在だなって思っていて。

──マンガで描いていたより、さらにストレートな表現になりましたね。

山本 最近流行りの「親ガチャ」という言葉で例えると、親ガチャ成功なのかもしれません。最終的に頼ってもいいと考えているのは、親に甘えているわけですから。ただ、最近のエッセイは「毒親」や「親にひどい事をされた」などの体験談が多くて、「うちの親、すごく普通だけど大丈夫かな…」という心配はありました(笑)。

──最近の出版界ではかえって異色かもしれません。でも一方で「親に頼ればいっか~!!」が響く人もいると思いますよ。

山本 仕事を全部干されて、もうマンガで食べていけなくなっても、実家に戻ればいいし。それで近所でアルバイトすれば何とかなる。心のどこかにそういう逃げ道を残していると、本当に気持ちが楽ですよね。もちろん、お世話にならないのが一番なんですけど、働かずにゴロゴロしてネトゲで遊んでいた時代、甘えさせてくれた親には本当に感謝しています。

2023.07.07(金)
文=前田隆弘