撮影前の視察で訪れた立ち入り禁止区域内の“今”

――撮影前にはどのような準備をされたのですか?

 撮影に入る前、スタッフと一緒に福島第一原発に視察に行かせていただきました。

――現地を視察されていかがでしたか?

 福島第一原発に到着するまでの立ち入り禁止区域内の景色はショックでした。11年間で、家屋にはうっそうと草木が生い茂り、ロケバスの窓外に流れるのは、まるで時が止まっているかのような光景で、あの空気感はどう言葉で表現したら良いんだろう、なんとも衝撃的でした。

 故郷に住めなくなった人たちは、どんなお気持ちだったのか、自分の家に帰ることが出来ない、家も、生きてきた全ての思い出の品も手放さなければならなかった方々の心の叫びだけがそこに残されているかのようで……。

 現地に行って実際の惨状を目の当たりにしなければ、とても感じられないことがたくさんあって、ここで感じる気持ちを撮影時に忘れないようにと思っていました。

――原子炉のそばにも行かれたのですか?

 原子炉付近は放射線量が高いため、100メートルくらい離れたところから原子炉の建屋を見ることが出来ましたが、想像していた以上の大きさで、本当に爆発の衝撃は凄まじかったと思います。

 敷地内には、いたるところにガイガーカウンターが設置されていて、放射線防護服を着た廃炉作業にあたる多くの作業員の姿が常にいらっしゃって、この光景はこれから生まれてくる子供たちが、やがては大人になってもなお同じ景色が続いて行くのだろうと想像すると、考えさせられるものがありました。

――竹野内さんが演じられた前島当直長は、放射線量がものすごい速さで増え続ける原子炉の建屋のなかに部下を送り込まねばならないという、とても大変な任務を背負います。

 ベント(原子炉内の圧力を下げるための緊急処置)のために大切な職員を、二度と戻ってこられないかもしれないところに送り出すという、あのシーンは、演じながらも何ともいえない心境になりました。前島が発する言葉の重さは計り知れないものがあって、当直長である前にひとりの人間としての苦悩、複雑な気持ちを感じていました。

 前例のない出来事が次々起こり、処置も指示も、自分自身に何度問いかけても正解がわからない状況です。それは役所広司さんが演じられた吉田所長も同じ気持ちだったと思います。

2023.05.31(水)
文=CREA編集部
撮影=佐藤 亘
ヘアメイク=須田理恵
スタイリスト=下田梨来