「物語の展開は、まったく決めていません。登場人物の病気、症状を最初に設定して、あとはどうやって治すのだろうな、と考えます。このシリーズは、伊良部ではなくて患者が主人公です。患者が道に迷って、ふとしたきっかけで伊良部の病院に行き、そこで不思議な体験をするというのがこの小説の基本パターン。そして、異物と出会ったときその人物がどう変化するかを描く。病気の設定を決めればあとは何とかなる、と思っています。
この小説は人生相談みたいなものでしょう、かなり乱暴だけど(笑)。昔、今東光さんが『週刊プレイボーイ』で人生相談をやっていたんですが、それは痛快でした。常識ではそんなこと言えないということを、ユーモアでやっちゃえ、という感じで。〈伊良部シリーズ〉もそういうところがありますね」
昨年、長編の犯罪小説『リバー』を上梓した。その作品でも、最後の最後まで事件の真相を決めていなかった。「山を登る前に下山のルートを考えたことはない」という。
「自分の中でいくつか見せ場のシーンがあって、そこを通過して山頂に登るというのは考えていますが、どう降りるかはそう重要ではない。最近は、作中の伏線をきちんと回収しているかどうかが話題になったりするけど、僕はまったく意識しないですね。オープンエンドで構わないと思っているし、自分も映画などはそのほうが好きなくらいです。大団円でなくても、犯人が分からなかったり捕まらなくても、これだけ面白くしたならいいだろう、と思っています。
もちろん、うまく着地できるか、書いていて無茶苦茶怖いですよ。7割くらいは書いていて嫌で嫌でしょうがなくて、編集者にこれは失敗作だと打ち明けようかと思うこともしばしば。でも、毎回奇跡が起きるんです(笑)。
そして開き直りもあります。僕は出てくる人間たちが右往左往する様を描きたい。そして僕の昔からの読者も、それを楽しんでくれるんだろうと思っています。それさえ守っていれば許してもらえるんじゃないかな」
2023.05.29(月)