執筆は以前から、長編を1本手掛ける傍ら短編を時折り書く、というペースだ。『オリンピックの身代金』や『罪の轍』などの長編では、昭和30年代の事件を扱った。

「いま書いている長編も昭和を舞台にした大河小説です。『昭和』はライフワークですね。映画でも小津安二郎や黒沢明が断然面白いと思っているんですが、昭和のアナログは人間味があっていいなと思います。逆に“いま”を描くと、テクノロジーなんかはすぐに古くなってしまう。たとえば犯罪小説なら、連載している間にも新しい技術が導入されたりして捜査のやり方が変わってしまい、書きにくいです。

 短編では、市井の人の、家族間の動揺などをおもに描いていて、事件も何も起きません。登場人物たちの心情のスケッチみたいなもので、ストーリーなんかいらない。どう心が揺れて、どう自分で納得させるか――それだけでも60~80枚は書けるし、そういうのが短編だと思います。無理やり起承転結を付けることに、あまり関心がないんでしょうね。そうすると、派手に設定を作って物語を動かすという〈伊良部シリーズ〉は、珍しいパターンですね」

 さて、久々の〈伊良部シリーズ〉新作だが、またしばらく封印してしまうのだろうか。ファンは気になるところだ。
 
「マンネリ化とか縮小再生産の恐れは、いまはもうなくなりました。ここまで年齢やキャリアを重ねて、いろんなことをやってきて、皆さんの期待をはぐらかすように書いてきたから、もう何を書いてもいいという既得権みたいなものがあるんじゃないかと思ってます(笑)。〈伊良部シリーズ〉も、もう1冊くらい書いてもいいかな」

2023.05.29(月)