“1000本ノック”といわれる稽古は「楽しみ!」

――岩松さんの作品については、どんなふうに感じていらっしゃいますか?

 その後、大人になってからも何本か観ていますが、岩松さんの作品は「わからない」(笑)。答えを明確に提示されないので、こちらが想像する余地があります。

 観終わったあとにいろいろ考える、解釈するのが楽しいです。劇場を出てから、自分なりに咀嚼する時間も含めて、岩松さんの作品を鑑賞したことになるのかなと思っています。

――岩松作品は、人物の描かれ方も一面的ではないですし、人々の関係性から違和感や隠された真意など、感じ取れることがたくさんありますよね。

 とてもリアルですよね。

 一般に、物語を進める上で、キャラクターに感情移入してもらうために、わかりやすく人物を描く作品が多いと思うんです。でも、岩松さんの作品では、そういう説明的なところが省かれています。

 実生活でも、仲のいい友達だって、僕は彼らのことをわかった気になっているけれど、それがすべてではありません。

 岩松さんはそういう、現実の人との距離感と同じように、登場人物たちを描いているように思いますね。

――現段階(稽古開始前の4月末時点)ではまだ台本は完成していませんが、どのようなお話になりそうですか?

 「赦し」がテーマになりそうです。意外と考えたことのないテーマだなと思っています。

 「赦す」って、意図してできる行動ではないですよね?

 何をすれば赦せるのか、赦されるのか。傷つけられたことに対して、同じだけの罰を与えたら赦されるというものでもないでしょうし、稽古をしながら、自分なりの答えを見つけられたらいいなと思っています。

――ドラマ『ちむどんどん』でも共演された黒島結菜さんと、今回は兄妹役です。

 はい。松雪泰子さんが、僕ら兄妹の家族を崩壊させた愛人の役。僕が松雪さん演じる女性に惹かれていきます。それに対して、妹はどう思うのか。僕も自分を許せるのか。複雑な思いが交錯する舞台になりそうです。

――岩松さんの稽古は‟1000本ノック”というお話をよく聞きますが、いかがですか?

 噂は聞いています(笑)。その言葉だけを聞くと怖そうですが、でも、楽しみです!

 僕は、どちらかというと演出の方にいろいろ言っていただくほうが好きなんです。

 今後、役者を続けていって、100役200役を演じる上で、自分のなかから生まれるものには限界があります。自分とは違う考えを取り入れることは大切だと考えています。

 同じセリフを言うとしても、なぞるのではなく、毎回新鮮な言葉として、相手の言葉をちゃんと受け取って、嘘のないようにやりたいと思っています。

 毎回同じことをしているわけではない、という感覚は忘れないようにしたいですね。

 岩松さんや共演者の方々のお力を借りて、人物像を作っていけたらと思うので、何本でもノックを受けたいですね(笑)。

――井之脇さんは、理論的に考えるタイプのようですが、人間について考察するのがお好きなのですか?

 人間に限らず、いろんなことを考えるタチなんです(笑)。

 今回、僕の演じるアキオは広告代理店に勤めているという設定ですけど、僕は代理店で働いたことがありません。どういう生活なのだろう? どんな仕事なのだろう? と妄想を広げていくことが役につながりますし、楽しいなと思っています。

 いろんな人生に触れられるのが役者の醍醐味だと思います。

2023.05.30(火)
文=黒瀬朋子
撮影=佐藤亘
ヘアメイク=新宮利彦(VRAI)
スタイリスト=坂上真一(白山事務所)