三つの物語は、静かに世界を見つめ続けていた、脳の外、人間の外、情報の外の眼差しがとらえている光景を、はっきりと読み手に意識させる。だから、未知で不思議な物語であっても、同時に、その光景はいつも懐かしい。ただ奇妙なのではない、そうした普遍性を、これらの物語は携えている。だから、多くの人たちにとって、著者の物語は特別な奇跡になりうるのだと感じている。

 物語を紡いでいる「言葉」の力にも触れておきたい。作品の中の言葉たちは、たとえそれが自分が普段使い慣れているような言葉だったとしても、物語の中に、いつもとまったく違う表情と気配で、ぽん、と置いてある。作品の中の言葉を目から吸い込んで、それらが身体の中に落ちてくるとき、何度もはっとする。世界や眼差しだけではなく言葉にも角度があること、違う角度から見る言葉がときには艶かしく、また別のときには異様に、本の中に佇んでいることに、ぞっとしながら恍惚とする。読書が与えてくれる奇跡が生き物になって閉じ込められているような、魔力を持ったこの本が、文庫本という形でまた新しく世界に存在する。その新しい奇跡に改めて感謝する。世界が、『木になった亜沙』という物語が存在する世界になったことに、今日も心から幸福を感じている。

2023.04.28(金)
文=村田 沙耶香(作家)