この記事の連載

 つねづね「イクメン」という言葉に違和感を持っていたアメリカ研究者の著者。コロナ禍、リモートでの仕事とふたりの子どもの世話をするなかで、「父親が育児に参加すれば問題は解決する」という単純化された問いでは、見えなくなるものがあるのではないかと疑問に思ったという。

 そんな「イクメン」という言葉の裏にある、社会やジェンダーの価値観といった本当の問題を捉えようとしたのが『「イクメン」を疑え!』(著:関口洋平)だ。同書より、ウィル・スミスらが夢を諦めないホームレスの父子を演じて話題となった映画『幸せのちから』を分析した一部を抜粋して紹介する。

1回目を読む(全2回)


『幸せのちから』の善と悪の構図

 『幸せのちから』は、実話に基づいた映画である。クリス・ガードナーは骨密度のスキャナーを病院に売り込むセールスマンであり、ひとり息子のクリストファー(ジェイデン・スミス)を保育園に送迎する良い父親でもある。けれども、スキャナーの売り上げが芳しくないために、クリスたちの生活は極めて厳しい。家計を一手に支える妻のリンダ(タンディ・ニュートン)は、クリーニング工場で朝から晩まで働いている。

 生活の苦しさに耐え切れず、リンダは息子を連れて突然家を出てしまう。クリスはすぐに息子を取り戻し、同時に大手株式投資会社のインターンとして無給で働き始める。ところがある日、彼は滞納していた税金が口座から強制的に引き落とされたために家賃を払えなくなり、家を失ってしまう。

 ホームレスとなった父子は、駅のトイレや簡易宿泊所を転々として、なんとかその日暮らしを続ける。けれども、クリスは投資家となる夢を諦めない。厳しい生活のなかで勉強を続けたクリスは、難関の採用試験を突破し、ついに正社員として採用されるのである。サンフランシスコの街を見下ろす高級住宅地の一角でカメオ出演した原作者のガードナーとクリスたち父子がすれ違うシーンで、映画は幕を閉じている。

『クレイマー、クレイマー』や『ミセス・ダウト』とは違い、『幸せのちから』においてクリスははじめから子育てにしっかりとコミットしている。けれども、この映画においても、女性は子どもを捨てる「悪い母親」としてスティグマ化されてしまう。常に情緒不安定で不機嫌な母親のリンダは、苦境のなかでも「幸せ」であろうと努力する父親の引き立て役でしかない。メロドラマ的な善と悪の構図は、この映画にも共通しているのである。

2023.04.17(月)
文=関口洋平