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寝る間も惜しんで努力を続けることが必要なのか

 『幸せのちから』のなかで、クリスは学歴と人種という二重の偏見を克服しなくてはならない。インターンの職場において、クリスは自分の「真の実力」を理解しない上司からさまざまな雑用を押しつけられる。「本当の自分」が周囲から評価されないというメロドラマ的な構造が、観客の感情移入を誘うのだ。

 そのような「ハンデ」に心を折られることもなく努力を続けて高みを目指すクリスの姿は、「どんな見た目であろうとも、出自がどうであろうとも、成功できる」というオバマの信条を体現しているかのようだ。貧しい家庭に生まれながら黒人初の大統領となったオバマと同様に、クリスの成功はアメリカン・ドリームの象徴として称賛される。競争社会の縮図である株式投資の業界においては、学歴や人種よりも個人の実力や頑張りが重視されるのだ─そんな神話を、『幸せのちから』は再生産している。

 映画のレビューを見る限り、日本の映画評論家たちはそのような神話を批判することなく受け入れたようだ。「どん底からはい上がっていく父と幼い息子の愛と涙ぐましい努力は、自分ももっと頑張ってみようかなという元気をプレゼントしてくれる」、「成功の“しっぽ”をつかむ努力に、思わず己を振り返り、その甘さを実感した。迷えるフリーターやニートにぜひ観てほしい」。これらのレビューはほんの一例だが、「迷えるフリーターやニート」に必要なのは、寝る間も惜しんで努力を続けることなのだろうか? 多くの評者がこの映画における自助努力を賛美したこと自体が、イデオロギーとしての新自由主義の力を示していると言ってもよいのかもしれない。

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関口洋平(せきぐち・ようへい)

1980年生まれ。フェリス女学院大学文学部英語英米文学科助教。
東京大学大学院人文社会研究科にて修士号、ハワイ大学マノア校アメリカ研究科にて博士号を取得。東京都立大学人文社会学部英語圏文化論教室助教を経て現職。2018年、アメリカ学会斎藤眞賞受賞。専門はアメリカ研究。特に、アメリカ文化における家族の表象について研究している。本書が初の単著となる。

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2023.04.17(月)
文=関口洋平