この記事の連載
- 稲垣吾郎インタビュー #1
- 稲垣吾郎インタビュー #2
表舞台には名前が残っていない
フランス革命の頃のことは、書き残された史実でしかわからないですが、人々の心の移ろいの速さ、変化みたいなものと、現在の世の中が重なるところがある。だからその時代の人間を演じることで、私たちの未来へのヒントを得ることができたらいいなと思ってみたり。死刑執行人の家に生まれたサンソンは自分の運命にあらがうことはできず、その時代に翻弄されて、その職務を、使命を全うした人物です。しかも歴史の転換点に立ち会っていながら、表舞台には名前が残っていない。そこがポイントだと思うんですよね。
稲垣吾郎が主演し、演出の白井晃、脚本の中島かずき、音楽の三宅純という座組みは、楽聖ベートーヴェンの半生を描いた傑作舞台『No.9─不滅の旋律─』と同じ。ヨーロッパ激動の時代に、宿命を背負った実在の人物が主人公という点も共通している。2年前の公演を観ることができたが、死刑廃止論者でありながら死刑執行人であるなど幾つもの葛藤を抱えながら、高潔さを失わずにいるサンソンを、稲垣は21世紀に見事に降臨させていた。プロジェクション・マッピングを効果的に使った舞台装置に加え、音楽、衣装も、観る者をフランス革命の嵐に巻き込んでいく。当時の処刑は公開の場で行われており、庶民にとっては娯楽の一種だったのだ。
稲垣 僕も仕掛けとか、白井さんの演出、三宅さんの音楽にすごく助けられて、本当にその時代に誘われていった。やはりそうしたものがないと、18世紀に生きるフランス人だとか、ウィーンの天才音楽家だとは、自分のことを思えませんし。プロジェクション・マッピングは、舞台の上から見る事はできないので、お客さまのためのものという部分が大きい。ネタバレになってしまいますが、最後は現代のフランスにまで繋がっていき、ジーンと来ますよね。まあ僕の背中で起きていることなので、演じているときは見えていないんですけど(笑)。歴史の重さとかを感じていただけると思います。
ーームッシュー・ド・パリという代々処刑人の家に生まれたサンソンは、若き日はプレイボーイで鳴らした伊達男だったそうです。初演のときもマントを翻して登場する吾郎さんに惚れ惚れしましたが、今回もそんな20代から60代までを演じます。
稲垣 一人の人物の長い時間の変化を一気に演じられるのは、舞台だからこそ。フランス革命を挟んだ40年にわたるのサンソンの変化を、きちんと僕自身表現していきたいですね。時代の流れ、世の中の変化は、中島かずきさんならではの脚本の力で表現されると思うので。前回より色々とブラッシュアップされたと思いますし、シーンも少し追加されて、より濃くなっている。
演じながら自分でも時間の流れを感じるんですよ。前回は、今思えば時間というものをそこまで意識できていなかったかもしれない。サンソン自身が人生の色々な段階で、変化していくんですね。大きな時代の流れと、サンソンという人物の変化を今回はじっくり見せることができればと思っています。ベートーヴェンを演じた『No.9』もそうだったんですが、舞台の上で、大きな変化をこの肉体を通して表現していくっていうのは、俳優としてもすごく楽しいんですよね。
ーー変化といえば、フランス革命の中心人物を演じる若手キャストが、初演とはかなり変化しました。今回、サンソンが敬愛する国王ルイ16世を演じるのは、大鶴佐助さん。父はアングラ演劇界の帝王である演出家、作家の唐十郎さんで、兄は大鶴義丹さんと、演劇界のいわばサラブレッドですが、ルイ16世にどこかに通じる部分を感じますか?
2023.04.07(金)
文=石津文子
撮影=杉山秀樹
スタイリング=黒澤彰乃
ヘアメイク=金田順子