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「とにかくボーッとしたい」から始まった森の家暮らし

 最初は月一で来ていたが、やがて月二になり、週一になり、夏だけでなく冬も……となり、徐々に頻度が増えていった。そしてついに、東京にある3LDKのマンションは売り払い「別荘用」としてワンルームに買い換えた。そうして約10年をかけて、完全に主従が逆転していった。

 まさか自分たちが、こうなるとは思わなかった。こんなにも薪割りが大好きになるとは、こんなにも薪ストーブの炎を見てエンジョイできるとは、こんなにも鳥やムササビの巣箱を設えるとは、こんなにも鳥や木や昆虫の本を買い揃えるとは、本当に思っていなかった。

 そう、人との付き合いもそうだ。

 きっかけは、チェーンソーだった。敷地内の弱った木を薪にするため、YouTubeで見た動画を参考に夫が格闘していたところ、しょうがないなぁという表情をしながら、やにわに隣人がやってきた。どうやら扱いの下手っぷりが音で分かるらしい。「刃の当て方が違う」「そもそも切りにいっちゃだめ」と、ひとしきりレクチャーを受けた。

 それからも、ふだんはとくに話をすることもないが「草を刈る」「山菜を採る」など自然のサイクルごとにイベントがあり、そのたび隣人からはいろんなことを教わった。「これは山菜だから食べるやつ」「これは軽井沢にしかない花だから引っこ抜くなよ」など。その適度な距離感も心地よかった。

 「とにかくボーッとしたい」から始まった森の家暮らしは、夫妻にとってかけがえのない、終の住処となった。

「斜面に沿う家」

家族構成/夫婦
地形  /急傾斜地
敷地面積/3072.00㎡
延床面積/148.36㎡

morinoie(モリノイエ)

東京・軽井沢を拠点とするデザイン事務所「Now and Then」と建築事務所「クレア」 による建築ブランド。1994年クレア設立。軽井沢・八ヶ岳を中心に、これまでのべ300を 超える別荘・住宅を手掛ける。2018年にクレア代表五十嵐さとしと、建築デザイナー 福岡みほ共同主宰の事務所「Now and Then」を設立。

軽井沢 はじまりの森暮らし。

定価 4,400円(税込)
文藝春秋
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次の話を読む「人生を変えたい」20代だった彼女はひとり、 森の中に小さな家を建てることにした ――2023年BEST7

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2023.02.17(金)
文=山村光春(BOOKLUCK)
撮影=松村隆史