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三角屋根の小屋

 働き方の変化にともない、都会暮らしにとらわれる必要がなくなった。はからずも感染症の流行がきっかけとなって時代はシフトし、暮らし方を見つめ直した人も多いだろう。テレワークの普及から、都会から地方へ移住したり、多拠点生活をはじめたり、そんな話が珍しくなくなった。

 そんな中、自然と世俗がいい形で共存している「軽井沢」という場所に魅かれ、緑に囲まれた森暮らしを始めた人たちがいる。感性豊かな人々が実践する新しい生活スタイルをのぞいてみよう。

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「人生を変えたい」そう思ったときまだ20代だった彼女はひとり、森の中に小さな家を建てることにした

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「東京のマンションを手放そう」森の中にかけがえのない終の棲家をみつけた夫婦


3匹の猫とともにふたりは日常から脱却した

 夢のまた夢。軽井沢に家を建てるなんて、サラリーマンにかないっこない。そう思い込んでいる人は多いだろう。Iさん夫妻もそうだった。

 夫婦ふたりと猫3匹。都会でも田舎でもない、埼玉県の郊外でマンション暮らし。週末はホームセンター→スーパー→百貨店のルーティーン。猫がいるので旅にも行けない。車を買ったがほぼ活用できず、本人たちいわく「つまんない」生活を送っていた。そんなある時、人生を変える一筋の光が差し込んだのは、軽井沢での朝だった。知人が所有していた別荘に誘われ、遊びに行った日の翌朝。その時に見た風光があまりに素晴らしく、ただただ感動した。そこから「どうにかできないものか」と、あれこれ調べ始めたのだ。

 まずは中古別荘を探し回った。ここだ! と思ったところを見つけたものの、すんでのところで他に決まり、地団駄を踏んだ。これがさらなるスイッチにつながり「もうひと背伸びして、建てちゃおうか」という案がにわかに持ち上がった。そしてモリノイエに相談。ネットであたりを付けた土地を事前に見に行ってくれて「やめといたほうがいい」とキッパリ。一緒に土地探しから行ってくれることになった。「ここは角地で、夜ヘッドライトに照らされるからダメ」「ここはくぼんで湿気が多いからダメ」とレクチャーを受けながら、丸2日間かけてあれこれとめぐった、最後。道よりも2メートルほど上がった、苔のある小体な土地にピンときた。唯一の問題は狭さだったが「人んちの庭を自分ちの庭だと思えばいい」と諭され、なるほどと納得した。

 したはいいものの、最初の設計案が上がってきた時は愕然とした。何しろ自宅のマンションよりも狭い平米数で、収納もほぼなし。昭和人間である夫は「別荘といえばドーンみたいなイメージ」とのギャップに目が点になった。人ふたりと猫3匹だけとはいえ、手狭に感じないか正直不安だった。

2023.02.03(金)
文=山村光春(BOOKLUCK)
撮影=松村隆史