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 アガサ・クリスティーが生んだ「名探偵ポワロ」。口髭を芸術品として整え、ぴかぴかのエナメル靴を履くポワロを、TVドラマシリーズで25年間演じ続けたイギリスの俳優がデビッド・スーシェだ。スーシェがポワロを演じることになった理由や、撮影中のエピソードをつづった自伝『ポワロと私 デビッド・スーシェ自伝』より、スーシェがポワロ役を引き受けると決めた1988年のできごとを紹介します。(全2回の2回目。前篇を読む)


 私は1988年の春を、シリー諸島の中で最も小さいブライヤー島で過ごした。『鯨が来た時』の撮影が行なわれたこの美しい島で、空いた時間はポワロ本を読むことに費やした。

 読めば読むほど、私はこの小男に魅了された。奇妙な癖や理解しがたい細かな習慣、独特の行動様式がたくさんあった――彼は秩序を必要とし、田舎を嫌い、どこへ行くにも古めかしい大振りの銀の懐中時計を持ち歩いた。何もかもが風変わりで、何もかもが魅力的だった。

 そこで、5月の暖かい風が6月に入ってさらに暖かさを増すなか、私は自分でポワロの癖や性格を記したリストを作り始めた。「特徴調書」と呼ばれるそのリストは、最終的に長さ5ページにもなり、彼の生活のあらゆる側面が93項目にわたって詳細に記されていた。私はこのリストを今も持っている――実際、ポワロを演じていた頃は現場でいつもこのリストを持ち歩き、ドラマで一緒に仕事をした監督にもその写しを渡した。

 リストの1番目にはこう書かれている――「ベルギー人! フランス人ではない」。

 2番目はこうだ――「ティザンを飲む。紅茶は『イギリスの毒』と呼び、ほとんど飲まない。コーヒーは飲むが、ブラックのみ」。

 3番目も同じテーマが続く――「紅茶やコーヒーには角砂糖を4つ、ときには3つ入れる。まれに5つのことも!」。

2022.11.09(水)
文=デビッド・スーシェ、ジェフリー・ワンセル
訳=高尾菜つこ