「自分の口髭を一つの芸術品と考え、香料入りのポマードを使う」
4番目には、「先のとがった、ぴったりした、ぴかぴかのエナメル革の靴を履く」とあり、5番目は「よくお辞儀をする――握手をするときも」と続く。
本を読み、彼のキャラクターが浮かび上がるような点を一つ一つ記録することにより、私は少しずつ自分が演じようとしている男のイメージを作り上げていった。
「飛行機が苦手で、乗ると気分が悪くなる」とリストは続くが、その次には「船旅が苦手で、船酔い予防に『ラヴェルギエの酔い止め法』を行なう」ともある。
8番目には、「自分の口髭を一つの芸術品と考え、香料入りのポマードを使う」と書いてある。
9番目は「秩序と方法こそ彼の『絶対的基準』」という戒律で、その次には「信仰と道徳の人。常に聖書を読み、自分を『善良なカトリック教徒』と考えている」と続く。ポワロの本を読めば読むほど、私はその生みの親に対する敬意を深めた。1890年9月15日、私の父が好きだった海辺のリゾート地、デボン州トーキーで、アガサ・メアリー・クラリッサ・ミラーとして生まれた女性が、史上最高のベストセラー作家であることを私は知らなかったのだ。
私は彼女の本が世界中で約20億冊も売れたこと、彼女がこれまでで最も多く翻訳された単独の作家――103カ国語に訳されている――であること、さらに彼女の本がシェイクスピアと聖書に次いで、史上3番目に広く出版されていることも知らなかった。
もし私がこの話に乗り出したとき、こうした事実をすべて知っていたとしたら、おそらくポワロを演じ、何百万人というアガサ・ファンを満足させることの重責に、もっとずっと怯えていたかもしれない。
何と言っても、読者はポワロをうんと経験してきている――55年間に書かれた多くの小説や短編を通して。実際、アガサは1940年代後半、ポワロには「うんざり」してきたと吐露したにもかかわらず、1972年にコリンズから『象は忘れない』[中村能三訳、早川書房、2003年]が出版されるまで、ポワロ物を書き続けた。さらに、何年も前に書いてあった『カーテン』が、1976年1月に彼女が85歳で亡くなるわずか数か月前に出版された。
2022.11.09(水)
文=デビッド・スーシェ、ジェフリー・ワンセル
訳=高尾菜つこ