私を最も悩ませたのはポワロの声
そういうわけで、私はアガサが望んだ通りにきちんとポワロを理解しようと決意を固め、ブライヤー島のヘル・ベイ・ホテルの一室に腰を下ろし、彼の特徴リストを着々と作り上げていった。
リストの11番目には、「自分は『紛れもなくヨーロッパ随一の頭脳』の持ち主だとする偉大な思想家」とした一方、13番目には、「探偵としては自惚れ屋だが、人間としてはそうではない」と書いた。14番目には、「仕事を愛し、我こそは世界一と心から信じ、誰もが自分のことを知っていると期待する」としたが、25番目には「世間の注目を嫌う」と書いた。
日ごとに、私の頭の中でポワロの複雑さと矛盾、自惚れと特異性が明らかになっていき、それに伴って彼の声について悩むようになった。
実際、ブライヤー島で過ごした10週間で、私を最も悩ませたのはポワロの声だった。私は人口100人にも満たず、アスファルトの道路など一つもない、あの美しい自然のままの小さな島を歩き回りながら、彼の声は一体どんなふうに聞こえるだろうと考えた。きっと島の静けさが私にそうさせたのだろう。
「彼はフランス人だと思われている」と、私はラッシー・ベイの浜辺に散らばった大石の上を歩いて渡ったり、有名な矮性パンジーのあるヒーシー・ヒルの茂みを踏み歩いたりしながら考えた。
「ポワロがフランス人だと思われる唯一の理由は、彼の訛りだ」と私はつぶやいた。
「でも彼はベルギー人で、フランス語を話すベルギー人は、普通はフランス人のようには聞こえない」
私はいろいろな声で話してみる実験を始めた。それは頭から出る声――よく通って歯切れがいい――であったり、胸から出る声――低めのややゆっくりしたしわがれ声――であったりした。しかし、どの声も私が毎晩ベッドで読んでいた小説の男にはしっくりこない。どれも嘘っぽく聞こえて、それは私が最も避けたいことだった。
私はブライヤー島へ発つ前にブライアン・イーストマンから言われたアドバイスもよく承知していた――「いいかい、彼には訛りがあるかもしれないが、視聴者には何を言っているのかきちんと理解できなければならないからね」。まさに、私を悩ませていた問題だ。
ポワロと私: デビッド・スーシェ自伝
定価 2,970円(税込)
原書房
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2022.11.09(水)
文=デビッド・スーシェ、ジェフリー・ワンセル
訳=高尾菜つこ