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 吉山シャール ルイ・アンドレさんは、テキサス州ヒューストンに拠点を置くアメリカ屈指のバレエ団「ヒューストン・バレエ」のプリンシパル(最高位ダンサー)。

 今回、彼の念願でもあったヒューストン・バレエの初来日公演が2022年10月29日(土)と30日(日)の2日間にわたって東京文化会館で実現することとなり、『白鳥の湖』の全幕を上演する。

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ハリケーン被害とコロナ禍を乗り越えて見えた希望の光

 2016年にプリンシパルに昇格してからも幅広い作品で活躍してきた吉山シャール ルイ・アンドレさん。17年9月にはアメリカで初めて上演された『うたかたの恋』でアジア人としては初のルドルフ役を務めるというチャンスが巡ってきた。

 『うたかたの恋』といえば、高い演技力とテクニック、体力と精神力が求められる難易度の高い作品だ。満身創痍で臨んだ本番だったが、テキサス州とルイジアナ州に上陸し、壊滅的な損害を出した“ハリケーン・ハービー”によって劇場が大打撃を受け、たった2公演にしか出演できないという現実が突きつけられた。

 さらに2020年からはコロナ禍になり、苦悩に直面した日々を送っている。吉山シャール ルイさんは、この日々をどう受け止めているのだろうか。

 「ハリケーン・ハービーの影響で使えなくなった劇場の修復などにはかなりの時間がかかってしまい、やっと乗り越えたと思ったら、その1年後にはコロナ禍が押し寄せてきました。二つを併せると、通常公演ができるまでに3年6カ月もの時間を費やしました。ようやくプリンシパルになって、もっと舞台に立ちたいと思っていた矢先に起きた出来事だったのですが、人生にはこんなこともあるんですね(笑)。

 ですから舞台に出演する機会はかなり減りましたが、それでもプリンシパルとして舞台に立って、その役になりきることには自信を持つことができていると思います。毎晩同じパフォーマンスでは面白くないので、自分なりにアレンジして、もっと良い味が出せたらいいなと思って務めています。

 『うたかたの恋』は2020年のシーズンでも上演される予定で僕も再びルドルフを踊ることになっていたのですが、それはすべてキャンセルになってしまいました。ですから初演の時に2回経験できたのはよかったと思っています。コロナ禍に入ってから初めて舞台に立ったのは2021年4月にミラー野外劇場で行われた公演です。

 プリンシパルとソリストの5組しか出演できなくて、僕は『ドン・キホーテ』の3幕のバリエーションを踊りました。ガラ形式なので作品の一部を見せるという形でしたが、屋外だったのでお客さまの数も多くて、舞台に立てたことが本当に嬉しかった! ようやく“希望の光”が見えてきたなと思いました」

ヒューストン・バレエのプリンシパルとして最初で最後となる日本公演

 今回のヒューストン・バレエの初来日公演は、吉山シャール ルイさんにとっても念願だったこと。その思いを率直に語ってくれた。

 「僕が15年所属してきたヒューストン・バレエは、素晴らしいカンパニーなので、絶対に日本で公演をするべきだとかねてから思っていました。ヒューストンまで観に来てくれた祖父母、そして継父や母も僕がいい環境でバレエに取り組んでいることを知っていましたので、家族みんなが来日公演を楽しみにしてくれていました。

 僕の夢でもあったことが今こうして叶い、本当によかったと思います。アメリカのバレエ団が日本に来るのは、2014年のアメリカン・バレエ・シアターの公演以来なので、8年ぶりにご覧いただける貴重な機会です。

 実は、2022年の12月31日で僕はヒューストン・バレエを退団してオレゴン州のバレエ団に移籍しますので、このカンパニーとともに来日公演に出演するのは、今回が最初で最後となりました。

 ですから、日本公演が実現するまでこのバレエ団に残ろうと決意して今に至るので、今回母国で全幕物に出演できるのはとても嬉しいです」

2022.10.27(木)
文=山下シオン
撮影=岡積千可