憧れは沢村貞子。ただ見上げるような気持ちで好きなの
そしてプロローグ、森茉莉に続いて中野さんは俳優・沢村貞子の名を挙げる。芝居通を唸らせる名人として知られ、同時にエッセイの名手、料理上手としても今なお新たなファンが生まれるような存在だ。
老いの一日一日を大切に、心をこめて、深く味わって暮らそうという意思が感じられる。
~『ほいきた、トシヨリ生活』から引用~
中野 それこそ憧れるというか、素敵だなと。ただ、ただ、見上げるような気持ちで好きなの、貞子さんは。(同じようにするというのは)ちょっと無理だけど。森茉莉と沢村貞子――極端なふたりですね。
――中野さんご自身は、整理整頓などはどうですか。
中野 落差が激しくて。散らかるときはすごく散らかっちゃうんだけど、すぐ整理しないと気が済まないところもある。やっぱりまだ仕事をやってるから、いろんな資料が近くにないとまずいんで、しょうがない。マンションの建て替え中なので、引っ越しのときにいろんなものを整理しようとは思ってます。
――断捨離なんて言葉もありますが、捨てられないものってありますか。
中野 いっぱいある。片づけるのもねえ、気が重いのよー。片づけようと始めても「これもやっぱり」「これもちょっと……」と思って全然、処分できないのよね。
――昔の中野さんのコラムで忘れられないんですが、来日したキース・ヘリング(※1)に、手帖に何か描いてもらったことあるんですよね。あれ、まだあります?
中野 ありますよ! あれも捨てられないな。あと(中村)歌右衛門(※2)さんにいただいたお扇子とかも。「明窓浄机」(※3)は長年の憧れの言葉です……。
※1 キース・ヘリング(1958~1990)80年代アメリカのアートシーンを代表する画家のひとり
※2 中村歌右衛門(1917~2001)戦後の歌舞伎界をリードした女形役者
※3 明窓浄机 よく整頓された、勉学に理想的な環境のこと
着物にシフトして渋さを狙うってのもいいと思うんだけど……
――本の中で、お母様の形見の着物を整理したことも書かれていましたね。お気に入りの襦袢をアロハシャツに仕立て直されたというの、素敵だなあと思いました。
中野 そうそう、仕立ててくれるお店があってね。私も着物は好きなんだけど、もう着るのも面倒くさくって。歌舞伎座なんか行くと着物姿の素敵なおばあさんがいるじゃない。あーいうのいいなと思うんだけど、日常に着るのまでは無理だなあと。悩みどころです。
着物には一時かなり凝った中野さん。本の中ではその思い出も綴られる。
キモノの何がいいって、全身かくしてしまうところがいいですね。歳を取ると、このありがたさが身にしみます。
~『ほいきた、トシヨリ生活』から引用~
中野 洋服って体型や骨格が重要だから、着物にシフトして渋さを狙うってのもいいと思うんだけどね。
取材日、中野さんは素敵なコートを着て現れた。問えばzuccaのものだそう。他に好きなのは、コムデギャルソンやミナ ペルホネン。最近ではミントデザインズもお気に入りだ。
中野 買い物はいまだに好きなんだけど、貧乏性だから長年ずっと着るんですよ。このコートも10年ぐらい前に買ったものだし。こないだ、アンティークの古着屋で内側が毛皮のコートを買ったのね。そしたらさあ、試着したときは感じなかったんだけど、着て外出してみたら重くてねえ。やっぱり軽いほうがいいよね、ダウンがいい。
「ハイファッションにはあまり興味がない。いつまでもストリートファッションに惹かれる」という中野さん。ケン・ラッセル監督の1971年の作品『ボーイフレンド』がファッション的には「いまだにベスト!」と語る。主演は当時一世を風靡したモデルで女優のツイッギー。中野さん自身もスリムで、体型はずっと変わらないという。
中野 とはいえ、ポイントが下に下に下がってきてる(笑)。これはもうしょうがないよねー。体型維持のため何かしてるかって? そんなこと面倒! でもねえ、年取って細身だとビンボったらしいじゃない。なんか、意地悪なおばあさんって感じで。
――そんなことないですよ(笑)。ちなみに1日3食、召し上がってますか。中野さんは自炊されるんでしょうか。
中野 3食は食べてなくて、2.5食ぐらいがちょうどいい。時間を決めて食べるわけじゃなく、それこそ徹夜で原稿書くときもあって不規則だからねえ。グルメでもないし。時間もズレてて、昼食なのか夜食なのか分からない状態で。基本、自炊だけど、忙しい時はテイクアウトも。うちの近くにおしゃれなパン屋さんが2軒できて、ごはん炊くのは少なくなっちゃったのね。パンにコーヒーのほうが好きかもしれない。
徹夜で原稿書き、なんて言葉がサラッと出ることに内心驚きつつ聞いていた。聞き手の私は現在46歳だけど、すでにそんな体力は無い。「書くことで感情が整理される」とも中野さんは言う。
中野 自分の頭の中で、ガチャガチャしてるものや渦巻いてること、そういうものが文章として表現できると、自分がラクになるというか。楽しいことでも、イヤなことでも、書くと気持ちが少し落ち着く。あまり落ちついちゃってもしょうがないんだけどね(笑)。書きながら自分を見直す、見つめ直すこともあるわけだから。感情を整理したりね。そういうことが仕事につながっていて、ありがたいなと思ってます。
――書くのが面倒に感じられることって、全然ありませんか。
中野 (照れくさそうに鼻で笑ってから)あるっていえば、しょっちゅうだけど。
――〆切があるから書いている(笑)?
中野 〆切が全然ない状態で書くかどうかって考えると、やっぱり書くような感じがするね。書く媒体がゼロになったとして、書かなくなるかというと、何か書くとは思う。絵もね。そういう「表現」みたいなことは体が続く限りしたい。そうしないと落ち着かないと思う。楽しみが少なくなっちゃうかな、って。
2022.03.15(火)
文=白央篤司
撮影=平松市聖