接写レンズを用いたアプローチ
アナログレコードの復調が止まらない。日本においても、生産量が底を打った2009年と比べ、2017年のそれは約10倍に伸びたというから驚いてしまう。
もはやこれは、「静かなブーム」なる常套句では表現しえないほどのムーブメント。ストリーミングの普及と反比例して市場でのシェアを減らすCDやダウンロードを尻目に、長い間、すっかり過去のものと目されてきたはずのアナログ盤は、急速に存在感を増している。実に不思議だ。
その謎にひとつの答えを与えるであろう一冊の写真集が登場した。その名は、『針と溝 stylus & groove』。
フォトグラファーの齋藤圭吾がとらえるのは、タイトル通り、プレイヤーの針とレコードの溝。接写レンズを用いたアプローチによって撮影されたその姿は、新鮮な驚きに満ちている。
ダイヤモンド、サファイア、ルビー。つまり、シチュエーションが変われば女性の身を飾るアクセサリーにもなりうる宝石が、装置の先端として円盤と接触し、音楽の信号を受け取る。丁寧に削られた鉛筆のように尖った針は、ジュエリーのように凛として美しい。
シュア、デッカ、タンノイといった海外ブランドから、デノンやテクニクス、サンスイといったドメスティックブランドまで、それぞれの個性を見比べるのも非常に楽しい。
そして、拡大されたレコードの溝の姿は、あたかも抽象画のごとし。そのマチエールを飽かず眺める行為には、縄文式土器の文様を愛でるに近いフェティッシュな喜びがある。あるいは、電子顕微鏡でDNAを観察するような、火星探査機が送信してきた遠い惑星の表面を注視するような、ごくごく科学的な好奇心の充足。
ローリング・ストーンズ、サラ・ヴォーン、セロニアス・モンク、ポール・ウェラー、森進一、欧陽菲菲、内山田洋とクール・ファイブ……。本書には、音楽性の異なるさまざまなアーティストたちの音盤が並ぶ。
著者は、その溝の深さや浅さ、隣の溝との距離、さらには曲がりくねる様子などを、実際に奏でられる音と照合してコメントを記している。これがまた、芝目を読むゴルファーみたいで面白い。
ここには、データ化された音楽とは異なる、血肉を帯びた目に見える実体としての音楽が確かに存在するように思える。
齋藤圭吾(さいとう・けいご)
1971年東京都生まれ。雑誌や書籍、広告など様々なメディアで活動。主な仕事に『記憶のスパイス』(アノニマ・スタジオ)、『高山なおみの料理』(KADOKAWA)、『ボタニカ問答帖』(京阪神エルマガジン社)、『あんこの本』(文春文庫)、『melt saito keigo』(立花文穂プロ.)などがある。
2018.05.23(水)
文=CREA WEB編集室