結婚3年めで直面した
初めての夫婦の危機
今月のオススメ本
『それ自体が奇跡』 小野寺史宜
田口貢と綾は、小野寺ファンにはおなじみの密葉市にある「みつば南団地」に住み、同じ百貨店で働く30歳の同い年夫婦。「報酬はゼロ、百貨店の業務に支障が出ることは確実、それでもやりたい〈本気のサッカー〉」という夫の夢を、妻は理解できるのか。
小野寺史宜 講談社 1,450円
「CREA読者の方々は、やはり〈綾〉目線で読むんでしょうか」
〈綾〉目線とは、いわば、相談もなしにいきなり「本気でサッカーをやる」と言い出した夫を妻は許せるかという踏み絵のようなもの。小野寺史宜さんの『それ自体が奇跡』は、結婚3年めの夫婦に訪れた危機を描く。
「貢は、綾が最後は受け入れてくれるだろうと強引に突破するけれど、綾は綾で思うことがあるわけで(笑)」
〈わたしも好きにするから〉と宣言。その本意を、貢も、実は綾自身もうまくつかめない。折しも、綾の仕事のミスがきっかけとなり、綾に、魅力的な男性客の天野が急接近してくる。
貢がいう〈本気のサッカー〉は、プロ選手になることではない。将来的にJリーグ入りを目指すチームの、ステップアップに貢献することだ。
「実在する、そうした地域のクラブチームに取材もさせていただきました。うまく転がったとしても自分はプロにはなれないだろう、それでも本気だというスタンスってとてもいいなと思ったんです。実は僕も会社で働いていたとき、貢同様、自分があまりデキる社員じゃない自覚があった(笑)。仕事で自分の能力を活かせていないと感じていたらもどかしいですよ。貢も夢を追うというより、『自分だからできること』を見つけたいというような、もう少し現実的な気持ちなんだと思います」
休日でも練習か試合という夫と、交わす言葉数も減ってきた綾は、貢のそんな気持ちに気づくはずもない。生活だけでなく、心もすれ違うばかり。
「帰宅途中で偶然一緒になり、貢が口に入った羽虫を吐き出して綾に咎められるシーンが、自分でも好きなんです。何かを言うタイミングを逃したせいで、ますます関係がこじれるってありそうだなと。僕は、そういう小さいシーンを積み重ねて、肌感覚をもって書きたいという気持ちがありますね」
だが、やりたいことに全力投球し続ける貢を見ているうちに、いつも現状で充足してきた綾にも変化が訪れる。
「貢の行動から綾自身が何かを感じ取って、少し前に出る自分に変わる。いいですよね。大きなマイナスの中にも小さなプラスが生まれることがあるのが、人間同士なのかなと」
『その愛の程度』では、結婚や離婚を経て本当の愛に向き合う男を、『近いはずの人』では、交通事故で亡くした妻への愛を改めて見つめていく夫を、軸にして“夫婦”を描いた。本書は、小野寺さんが「夫婦三部作」のラストと位置づけるにふさわしい、あるある感いっぱいの結婚小説だ。
小野寺史宜(おのでら ふみのり)
1968年千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。2008年『ROCKER』で第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ホケツ!』『ひりつく夜の音』『太郎とさくら』『本日も教官なり』『リカバリー』など著書多数。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2018.03.28(水)
文=三浦天紗子