幻想があるからこそ人は
誰かのことを好きになる
今月のオススメ本
『女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。』 東山彰良
舞台は福岡、博多。イケてない(モテない)大学3年生の有象くんと無象くんのコンビが、実らぬ恋にもじもじし、コイバナをキャッチしては興味津々で耳を澄ます、春夏秋冬1年間。「女性がこれを読んで“男ってバカだな”と、笑ってもらえたら成功です」(東山)。
東山彰良 講談社 1,300円
自身のルーツである台湾を舞台に、青春の謎と輝きを詰め込んだ『流』で第153回直木賞を受賞した東山彰良。自己最長23文字(!)のタイトルが内容を如実に表している最新刊は、大学生の「有象くん」と「無象くん」が主人公の連作短篇集だ。他の登場人物の名前も「引き立て役ちゃん」「二番手くん」……。
「説明がなくても、名前を聞いただけでどんな人か分かりますよね。それに、“温厚教授が激怒”していたら、クスッとなる。“ビッチちゃんは二股をかけるような女やない”――自分でも好きな台詞のひとつです(笑)」
キュートでバカバカしい恋愛模様を実況中継しつつ、ニーチェをはじめとする偉人たちの格言や神の視点からの哲学的分析が入り込む、生真面目な文体にも心をくすぐられる。
「映画監督のウディ・アレンが、コメディを演じるうえで一番やっちゃいけないことは、面白おかしく演じることだと言っています。本人は真剣であるからこそ、他人から見ると面白い。そこを意識して、文体はあえて硬めにしました」
当初は地元・福岡を舞台にした、もう少し恋愛色が薄い青春小説をイメージしていたそうだ。ところが書き継いでいくうちに自然と、「女の子のことばかり」になっていった。ならばと後半は、ギアを上げた。
「主人公の2人は有象無象の存在ゆえに、自分達が特別な体験をすることはなく、誰かの恋の傍観者にすぎません。でも、“彼らだって機が熟したら行動を起こせるんだぞ!”と。
有象無象のひとりでもある、僕自身の思いも込めたんです。まぁ、痛い目に合うんですけどね(笑)」
話を伺いながら、『流』の最後の一文を思い出した。〈あのころ、女の子のために駆けずりまわるのは、わたしたちの誇りだった〉。
「もしかしたらその一文が出発点だったのかもしれないですね。今回の本の中には、男の子の幻想を打ち破るような女の子がいっぱい出てくるんだけれども、それでも幻滅せずに駆けずりまわっている。そうは言っても女性とは弱くて守ってやらねばならぬもので、いい匂いがして……という男の子の幻想って、どうやっても拭い切れないものなんだと思うんですよ」
それはネガティブな結論ではない。
「男か女かに限らず、何かしらの幻想があるからこそ人は、誰かのことを好きになるんじゃないでしょうか。大事なことは、現実を見つつ、幻想も持つ。そのことを、笑いに包んで届けたかったんです」
東山彰良(ひがしやま あきら)
1968年台湾生まれ。第1回「このミステリーがすごい!」大賞の銀賞・読者賞受賞作を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で2003年デビュー。15年『流』で第153回直木三十五賞。近著に『ありきたりの痛み』『僕が殺した人と僕を殺した人』など。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2018.02.06(火)
文=吉田大助