1987年生まれで、2022年には岸田國士戯曲賞を受賞した山本卓卓(やまもと・すぐる)。彼が主宰する劇団・範宙遊泳の『われらの血がしょうたい』(再演)が、2月21日(土)〜3月1日(日)まで、三軒茶屋のシアタートラムで上演される。今日的なテーマを鋭く描き、既成の価値観に揺さぶりをかける山本の作品は、海外でも高い評価を受け、日本国外でも多数公演を行っている。
そんな範宙遊泳に制作として加わり、今はプロデューサーという立場で劇団内において様々なディレクションを行うのが、1988年生まれの坂本もも。彼女はロロという劇団の制作としてもその手腕をふるっていた。なお、山本と坂本は夫婦であり、小学生の娘がいる。劇団内で共同作業に励む一方、パートナーとしても、親としても、多くの時間を一緒に過ごすという、ちょっと珍しい(そして、極めて濃密な)関係である。演劇に限らず、様々な形のパートナーシップを考えるうえで、ふたりの関係はモデルケースになるのではないだろうか。そう考え、ふたりに話を聞いた。
» 観客から人生と劇団をともにつくるパートナーへ
» 「夫婦喧嘩ではない」劇作家とプロデューサーとして
» 「子どもが生まれても、私たちはダメにならない」
» 次の世代のために。演劇で“理想の共同体”を見せていく
観客から人生と劇団をともにつくるパートナーへ
坂本 (山本)すぐるさんの作品を初めて観たのは2010年。すごく面白くて衝撃を受けて、2回観ました。当時私はロロの制作をしていて、メンバーが出演していたんです。まだすぐるさんとは知り合ってもいませんでした。今は劇団内で最も責任のあるプロデューサーという立場ですね。
山本 制作をお願いするよりも、パートナーになるほうが先だったんです。当時の制作が就職して離れてしまうタイミングで、いなくなるんだったら私がやるよって(坂本)ももちゃんが言ってくれて。
坂本 その頃の範宙遊泳は、固定の制作者はいなくて劇団みんなで運営していて、チラシがすごく良かったんですけど、劇場で観劇する時に初めてそれを見たのが残念で。公演前に出回ってないのはもったいないと感じて、制作やりたいなと思ったのを覚えています。
――制作が入ったことで、劇団はどんな風に変わっていったと思いますか?
山本 もしももちゃんが入らなかったら、今ほど世界が広がらなかったんじゃないかなと感じます。僕の出身である桜美林大学の人間関係に留まってしまっていた気がする。もちろん、当時は学生演劇祭などに積極的に応募していたり、名古屋の演劇人とも交流していたのですが、ももちゃんが制作になってそういうつながりがさらに有機的に広がっていったというか。公演する劇場ひとつとってみてもそうですけど、やりたいことがあっても、実現するにはどうしたらよいかわからなかったものが、ももちゃんがいることで具体になっていくと感じたのを覚えています。
