「夫婦喧嘩ではない」劇作家とプロデューサーとして

――夫婦でもあるふたりが、プロデューサーと劇作家として連携していく中で、問題が生じたこともありましたか。

山本 本当にそのことについて悩みながらやってきましたね。ふたりだけの話で完結するならいいんですけど、周囲を巻き込んでしまう。周りが私たちに過剰に気を遣ったり、「このふたりはパートナーだよね」というフィルターを通して見られるって、ノイズじゃないですか。振り返ると、よく続けてこれたなと本当に思います。お互い傷つけ合って苦しんできたんです。

坂本 私はすぐるさんが書く作品を素晴らしいと思うからプロデューサーをやっているのであって、パートナーだからではないんです。この人(山本)の劇世界は世の中に必要だと純粋に思っているからやっている。そういう想いで私たちがクリエイションに関して衝突している時でも、夫婦喧嘩しているっていう風に見られることが昔はありました。私たちも若く未熟で、そう思わせてしまった反省もあるのですが……。2020年くらいからは、もう私、そんなレベルで仕事してないんだけどなって、私の仕事ぶりに対して失礼じゃないかと思うようになりました。でも、当時はそういうモヤモヤをうまく言語化できなかったし、伝えられなかった。

 時を重ねるにつれ、私たちの中でも整理ができるようになって、『心の声など聞こえるか』(2024年)では、そのことを先に知ってもらおうと思って、初日に座組に言ったんです。「私たちはなるべく気をつけながらもクリエイションのために、みんなをハラハラさせるような言い合いをするかもしれないけど、それは夫婦喧嘩ではない。我々の中では良い関係性が築けているから心配しないでほしい」って。メンバーの(福原)冠さんは「ようやくそういう言葉を聞けるようになって感慨深い」って言ってくれました(笑)。

 劇団の中ではそうした積み重ねを経て、理解も進んできましたが、今でも誤解されることはあります。2020年に韓国で、すぐるさんの代わりに私がアフタートークをしたことがあったんです。その時に日本の著名な評論家の方に「君、山本さんの奥さんなんだね、だからあんなに作品のことをしゃべれるんだね」って言われて。好意的に褒めてくださったのはわかっていたのですが、私はその言葉に腹が立ったし悔しかった。私としては範宙遊泳のプロデューサーとしていい仕事をしたと思ったのに、夫と妻の関係性に回収されてしまったと……。

――劇団の活動が家庭の経済事情に直結するのも難しいところだったんじゃないですか?

山本 そうですね。家計をよくするためには、仕事も一緒に頑張らなきゃいけない。そのためにふたりで知恵を絞りあっています。大変は大変だけど、僕はよりよく生きるための大きな課題を与えられたと前向きに思っていますね。だって、努力しがいのあるテーマじゃないですか。

坂本 結婚したときがいちばん貧乏な時期だったんです。アルバイトを掛け持ちしていたけど、携帯代の引落としにも窮するみたいな生活で。ゆくゆくは結婚すると思っていたけど、そんな状況でプロポーズされたので「なんで今なの? 将来の見通しも全然立ってない時に」と思いました(笑)。私は現実的なことを考えてしまうタイプなので、大丈夫かなと思いつつ、結婚して3年後に子どもも生まれて。何とか二人で頑張っています。

――数年前にはコロナ禍ということもありました。

坂本 みんなそうだと思うのですが辛かったですね、半年くらいすべての仕事がなくなって。『バナナの花は食べられる』(2021年)は、そもそも予定していない公演だったけど、すぐるさんが「つくらないと死ぬ、どうしてもやりたい」というので企画しました。準備していくにつれ、 換気量の問題でキャパの半分もお客さんを入れられないことになってしまって。満員だったとしても赤字なんです。しかも感染リスクもありますし……。その時は本当に悩みましたし、プレッシャーでした。コロナに限らず、劇団運営って経済的にも大変だけど、休みたいとか辞めたいとか言い出せないんですよね。私が辞めたら劇団がなくなっちゃうかもしれないとか思ったりして、何とか続けてきました。

 我が家は対等に折半の家計なんですけど。家族のためにも劇団を続けていくためにも、本当はすぐるさんのマネジメントをどこか別のところにしてもらって、劇団以外の仕事をもうちょっと増やしていきたいと思っています。収入口を別々にしてお互いの収入を増やさないと、生活できない。範宙遊泳はうまくいっているように見えるかもしれませんが、動員や経済の面ではなかなか難しさがあるのが正直なところなんです。

次のページ 「子どもが生まれても、僕たちはダメにならない」