“元旦ちゃん”との別れと現在の“推し”

近田 そこには、何と書いてあったんですか。

湯川 「自分と思いを一緒にしてくれるような女性と出会って、その彼女が妊娠した」という文面でした。

近田 何か予兆はあったんですか。

湯川 いいえ、全然。青天の霹靂でした。私は、自分たちのことを世界一仲のいい夫婦だと思っていましたから。本当にびっくりして、どん底に落っこちるような思いを味わいました。そこからは、しばらく地獄でしたね。そこに私自身の闘病も重なり、いろいろと四苦八苦して、1998年に離婚が正式に成立しました。

近田 それはご苦労なさいましたね……。

湯川 まあ、私の方は、家が競売にかけられたりはしたものの、少なくとも、明日から食べていくのに困るような状況ではなかったけれど、一方、旦那さんの方は大変でした。

近田 裏切られたようなものなのに、心配なさってたんですね。

湯川 私、離婚してから、彼のことを「元旦(がんたん)ちゃん」って呼んでいたんです。「元旦那」を略すと、元旦になるでしょ。

近田 おめでたい呼び名ですね(笑)。

湯川 その通りで、すごくおめでたい人だったんですよ(笑)。元旦ちゃんは、別の相手と再婚したり、その人との間に双子ができたりしましたけど、それも上手くいかなくなって、体を壊したりして、晩年には一人ぼっちになっちゃって。

近田 うーん、寂しいものですね。

湯川 一人になった元旦ちゃんと私は、結局また親友みたいに仲良くなりました。まあ、男女として関係を修復したわけじゃないけど、人間同士としてね。そして、5年ほど前に元旦ちゃんは亡くなりました。最期を看取って、お葬式も挙げてあげましたよ。

近田 それは、なかなかない稀有な関係性ですね。感銘を受けました。

湯川 今振り返っても、憎めない人でしたよ。

近田 最後に、「推し活」の元祖こと湯川さんが、現在注目しているアーティストをお聞きします。

湯川 藤井風さんです! もう、すっかり夢中ですよ。彼はめちゃくちゃすごい天才です。

近田 湯川さんは、彼のアルバムのライナーノーツも執筆してましたもんね。

湯川 はい。エルヴィスにしてもビートルズにしてもマイケルにしても、優れたミュージシャンは、いつだってその時代の色と匂いと空気を反映している。その意味で、現在を最も象徴する存在が、私は風さんなんだと思っています。

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湯川れい子(ゆかわ・れいこ)

1936年、東京都生まれ。女優としての活動を経て、1960年、「スイングジャーナル」への投稿を機に、ジャズ評論家としてデビュー。その後、エルヴィス・プレスリーやザ・ビートルズなど、洋楽ポップスの評論や解説に健筆を振るう傍ら、「全米トップ40」をはじめとする番組でラジオDJとして活躍する。また、エミー・ジャクソン「涙の太陽」、シャネルズ「ランナウェイ」、松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」、小林明子「恋におちて -Fall in Love-」など、作詞家としても多くのヒットを放つ。
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近田春夫(ちかだ・はるお)

1951年東京都世田谷区出身。慶應義塾大学文学部中退。75年に近田春夫&ハルヲフォンとしてデビュー。その後、ロック、ヒップホップ、トランスなど、最先端のジャンルで創作を続ける。文筆家としては、「週刊文春」誌上でJポップ時評「考えるヒット」を24年にわたって連載した。著書に、『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』(リトルモア)、『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』『グループサウンズ』(文春新書)などがある。最新刊は、半世紀を超えるキャリアを総覧する『未体験白書』(シンコーミュージック・エンタテイメント)。
X @ChikadaHaruo

Column

近田春夫の「おんな友達との会話」

ミュージシャンのみならず、幅広いジャンルで活躍してきた近田春夫さんが、半世紀を超えるそのキャリアにおいて交遊を繰り広げてきた錚々たる女性たちとトークを繰り広げる対談シリーズがスタート。なお、この連載は、白洲正子が気心を通じる男性たちと丁々発止の対談を繰り広げた名著『おとこ友達との会話』(新潮文庫)にオマージュを捧げ、そのタイトルを借りている。