七三分けの姿を見られた可能性も…!?
――矢添は、執筆する小説の主人公に自身を投影し、20歳も年下の大学生・B子との恋愛を綴ることで「精神的な愛の可能性」を探求しています。恋愛に対して恐れを抱きながらも心の底では愛されたいと願う矢添を、声だけで表現するのは大変だったのでは。
「精神的な愛」を追い求める姿も、怖がりながらも愛されたいと願う気持ちも、すべて脚本に書かれているので、ただセリフに誠実に接しました。
セリフがすべてを表現してくれているので、「精神的な愛の可能性」をどう探ろうか、どう表現しようかという余計な感情は一切必要ありませんでした。
――甲子園で、独特なアクセントで淡々と選手名をコールしているのも、大歓声のなかでもきちんと届くようにという配慮からだと聞いたことがあります。感情的だから届く、というものではない、ということですね。
声はいろいろな情報とリンクしている、と考えています。本作においては、自分自身の解像度をピュアにクリアにして、監督が脚本やひとつひとつのセリフに込めた想いを、素直に受け入れていくことだけを考えました。なので、「こう演じたい」「こう読みたい」という理屈も、主体的な感情も必要ありませんでした。
――矢添に関わる女性たちはみな、個性豊かに、いきいきと演じておられるように見えました。
咲那さんをはじめ、田中麗奈さん、岬あかりさんと、みなさんが考える人物像を豊かに表現されていたので、より魅力的で圧倒的な生命体として作品を彩ってくださったと思います。
荒井さんは、矢添が対する相手によって、微妙にセリフの言葉遣いを変えています。ほんの少しのセリフの違いで、相手との距離感や相手にどのような感情を抱いているかがわかってしまう。普段は、役者が表現で担うことが多いものですが、これをセリフで表現する荒井さんの力量に感服しました。
――昭和レトロの世界を描いた物語ですが、古くささを感じないところも新鮮でした。
昭和という時代のニュアンスとセリフの相性がマッチしているからかと思います。
バーでなじみの娼婦、千枝子と皿のイチゴについて語るシーンがありますが、あのセリフを抑揚のある現代風の口調で話したら、うんちくに聞こえてしまい、女性からすると非常に退屈な時間になる可能性があります。肉体の表現を極力削ぎ落とし、抑制しているからこそ、成立する場面なのではないかと思います。
――綾野さんのアイデアによって生まれたものもあったそうですね。
髪型のことですね。矢添は、原作者の吉行淳之介さんでもありながら荒井さんでもあったので、おふたりのイメージを投影しながら人物像を構築していったのですが、髪型だけどうするか迷ったんです。吉行さんは七三分けの印象がありましたが、荒井さんが「綾野くんの好きなようにしてくれていいです」とおっしゃったので、大人と少年と曲者のハイブリッドの雰囲気を髪型で出せないかと考え、あの髪型にしてもらいました。
綾野剛(あやの・ごう)
1982年1月26日生まれ、岐阜県出身。2003年俳優デビュー。近年の主な出演作品に、「地面師たち」(24年/NETFLIX)、『カラオケ行こ!』(24年)、『でっちあげ~殺人教師と呼ばれた男』(25年)『愚か者の身分』(25年)などがある。
映画『星と月は天の穴』
脚本・監督:荒井晴彦
出演:綾野剛 咲耶 田中麗奈
原作:吉行淳之介「星と月は天の穴」(講談社文芸文庫)
2025年12月19日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー
©2025「星と月は天の穴」製作委員会
製作・配給 ハピネットファントム・スタジオ
衣装協力 King of Fools
お問い合わせ先 @kingoffools_designers_vintage










