綿矢りさの原風景「京都と池袋」

一穂: たしかに『生のみ生のままで』は純粋なラブロマンスでしたが、『激しく煌めく短い命』は恋愛の位置付けや互いの感情のあり方を、「人生や生活をどう生きるか」という大きなテーマの中で書かれていると感じました。タイトルになっている言葉も、恋愛感情の高まりの中で出てくるのかと思いきや、思わぬ場面で出てきますよね。このフレーズを出す場所は、最初から決めていたのでしょうか?

綿矢: 久乃が駅で迷っている、という場面は浮かんでいたのですが、なぜ迷っているのかは自分でもよくわかっていなかったんです。でも、その場面が近づくにつれて彼女の大切な人である綸との関係で悩んでいるんだとわかってきました。主人公が命の短さについて考えるというイメージは初めからあって、それが恋愛の決断を迫られるときだというのは書くことで発見できた感じです。

一穂: あの場面はすごく印象的で、そこからラストに至る流れは大きな人間賛歌ですよね。「時代は待ってくれない」という言葉もあって、短い人生をいかに自分らしく生きるかについて、ふたりのヒロインの苦しみを通して自分も考えさせられました。もうひとつ印象的だったのが、土地の描写です。第二部では京都の対極にある街として池袋が選ばれていますが、このチョイスが絶妙だと思いました。なぜ池袋を舞台にしたんですか?

綿矢: 池袋は大学進学で上京したときに住んでいた場所から近かったんです。当時の池袋は、よそ者に対してまったく安心感を与えない雰囲気で、まだ東京に知り合いのいなかった私は「雑踏に紛れる」という感覚を初めて知りました。京都にはそんな雑踏なんてなかったから。みんなが他人に無関心で通り過ぎていく感じや、少しすさんだ街の空気が孤独に染みて……。京都と東京を対比させるとき、私の中で東京の代表が池袋でした。

一穂: 綿矢さんにとっての東京の原風景なんですね。

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