ダイアローグになって人は初めて思考ができる
ひとりきりで「自分には何もない」とブツブツ言っている状態って、つまりモノローグ(独り言)なんです。これでは何の変化も起きない。でも、誰かと話をすれば、モノローグからダイアローグ(対話)へと移行することができる。ダイアローグでは、「どうして何もないって感じてしまうのかな」「仕事に充実感がないからなのかな」というふうに、少しずつ考えが深まっていくはずです。「そういう考え方もあるな」と新しいものの見方に気づくこともあるでしょう。これが、ものを考えるってことなんです。
きちんと話ができる相手が身近にいない場合もあるかもしれません。このときも具体的に対策を考えましょう。視野を広げて相手を探してみてください。長く会っていない友だちでもいいし、ときどき行く喫茶店のマスターでもいい。「かっこ悪い」なんて思う必要はありません。人を頼ることを恐れないでほしいと思います。
いくら探しても、信頼できる相手が見つからないこともあるはずです。僕自身、高校生の頃は、まともに話ができる相手が誰もいないと感じていました。そんなときは本を読みましょう。この記事の中で紹介している僕の本を読んでくださってもいいと思いますし、あとはとにかく古典がおすすめです。古ければ古いほどいい。なぜかというと、たとえばギリシア哲学は二千年以上も読み継がれてきたものだから、まず間違いがありません。ぜひソクラテスやプラトンを読んでみてください。先人たちと対話するんです。
本を探すときは、書店よりも図書館に行ったほうがいいと思います。書店というのは「いま売りたい本」が置いてある場所であって、本当に必要な本を探すのには適していない。一方で、図書館は古典を揃えているし、様々なフェアを開催して名著を紹介してくれたりしていて、とても頼りになります。
悩みが解消に向かうのは、その人の精神状態が変化したときです。悩んでいる人というのは、目の前にあるのが行き止まりの道だと思い込んで立ちすくんでいるようなものだと言えますが、精神状態が変化すれば、「あ、こっちに道があったぞ」と気づくことができるわけですね。しかし難しいのは、こうした変化って、いつ起きるかわからないんです。読書をすれば必ず起きるというものでもない。
紋切り型の常識に回収しないことが大切
根本的な精神状態の変化は、ある種のアクシデントとして起きるものなんですね。他人との何気ない会話の途中や、映画に熱中しているとき、あるいは悩みとは一見関係なさそうな本を読んでいる最中だとかに、思いがけず起きる。意図とは無関係で、予測不可能なものです。
大事なのは、新しく出逢ったものを、自分の中にある紋切り型の「常識」に回収しないことだと思います。たとえば僕の『暇と退屈の倫理学』という本を読んだときに、「なるほど、暇も退屈も大事ってことですね」なんて紋切り型の受け止め方をしてはダメです。逆に、ふとした瞬間に「ああ、これまでの自分の考え方って紋切り型だったな」と気づくことができたなら、その人の精神状態は変化します。
古典を読むときも、紋切り型の常識に回収しないようにしなければなりません。たとえばソクラテスやプラトンを読んでいると、現代人の感覚からすれば奇妙なことがたくさん出てきます。こうしたものを虚心坦懐に読んでいると、しばしば予想もしていなかった形で、自分の中の思い込みが突き崩されることになるんですね。だから未知のものに対して、自らをフラットな状態にしておくことが大切です。
一つ言っておきたいのは、「自分には何もない」と感じてしまうような人は、上品で知性があるってことです。だから、自分の経歴をやたらと自慢したがる人で溢れている社会に、うまく適応できずにいるんだと思います。社会が下品になって、上品な人が困っているんですよ。昔だったら、自分の経歴をひけらかしたりするのは「はしたない」とされていたんですけどね。
こんな社会になってしまった理由は、端的に言えば産業構造の変化です。画一的な大量生産・大量消費の時代には、労働者を長期間雇って同じものを作ってもらえばよかったけれども、様々なニーズに応じて新しい商品を次々と生み出さなくてはならない時代になると、労働者を必要とする場所がどんどん移り変わるわけですね。となれば、長期的な雇用はできず、転職が増えるのは理の当然です。結果として、転職市場を勝ち抜くための「はしたない」アピールが横行するようになった。
これは単なるゲームに過ぎないと理解しておくことが重要です。こんなおかしなルールにもとづいたゲームは、いつの時代にもあったわけじゃない。
自分が置かれている状況がわかると、物事の見え方も違ってくるはずです。知識と理解は、人間を変える力になると思います。
CREA 2026年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。
