「尻トレアルファメス」「クイーンオブケツ」「尻の髄まで追い込まれる」「収縮が宇宙の膨張」――。聞いたことのないパワーワードが飛び交いまくる某筋トレYouTubeから聞こえてきたのは、「前提」をうまく利用した秀逸な“あいさつ”でした。

 気鋭の言語学者・川添愛さんが日常に飛び交う会話を様々な角度から分析し、「言葉のセンス」を探求する言語学エッセイ連載第9回です!

 最近、日本体育大学教授でボディビルダーのバズーカ岡田氏のYouTubeチャンネル[注1]をよく見ている。私はボディビルをやっているわけではなく、フィジカルもメンタルもごく普通の50代だが、筋肉に対する考え方、栄養の摂り方など参考になるところが非常に多い。そして何より、エンタメとして面白いコンテンツがたくさんある。

 たとえば同チャンネルの人気コンテンツに、バズーカ氏と教え子のレオニキが、女性専用トレーニングジム「スパイスアップフィットネス」代表で美尻トレーナーの岡部友氏に限界までしごかれるシリーズがある。超一流のボディビルダーである二人が、岡部氏によって「尻だけに効く」よう調整されたトレーニングを受け、精神崩壊ギリギリまで追い込まれるのだ。他人が苦しい思いをしているのを楽しむことについては申し訳なく思っているが、同シリーズを見ながら食べるササミカツは美味しくて仕方がない。

 私の昔からの持論に「筋肉量の多い人の言葉、面白くなりがち」というのがあるが、同チャンネルを見てさらに確信を強くした。たとえば上記の尻トレシリーズでは、サムネに「尻の髄まで追い込まれる」「収縮が宇宙の膨張」といった常軌を逸した言葉が溢れかえっているし、岡部氏は「尻トレアルファメス」や「クイーンオブケツ」などと呼ばれている。私も言語学者の端くれとして長いこと言葉を観察してきたが、英語の「クイーンオブ」のあとに「ケツ」が来る例は初めて見た。

 中でも私がとくに注目しているのは、同チャンネルの開始のあいさつ「ホモ・サピエンスの皆さん、トレーニングお疲れ様です!」である。「ホモ・サピエンスの皆さん」も素晴らしいが、「トレーニングお疲れ様です」の秀逸さには舌を巻く。

 「〇〇お疲れ様です」という表現は、「相手が〇〇をしている」ということを前提にして初めて、適切に発することができる。つまり、「視聴者はみなトレーニングをしている」という前提のもとで、「トレーニングお疲れ様です」が発せられているわけだ。これは、実際にトレーニングをしている視聴者に対してはその労苦をねぎらうことになる一方、トレーニングをしていない視聴者に対しては「やっぱり私もトレーニングをした方がいいのかな?」と思わせる効果がある。

 とくに後者に対しては、「トレーニングした方がいいよ」とか「トレーニングしろよ」のようにストレートに促すよりも効果的だ。というのも、「トレーニングした方がいいよ(しろよ)」と言われたら即座に「イヤです」と反発できるが、「トレーニングお疲れ様です」と言われると、「こっちがトレーニングしているという相手の思い込みをくつがえす」という面倒くさい作業を挟まないといけないので、反発しづらくなるのだ。

 少し視野を広げると、こういう言い回しはあちこちで利用されている。たとえば、お店のトイレや公衆トイレの表示によくある「キレイにお使いいただきありがとうございます」という文言。これも、「キレイに使ってくれている」ことを前提にして礼を述べることで、できるだけ利用者の反発を招かずにキレイに使ってもらうことを意図している。もっとも、これに対しては「使う前から礼を言われるのはおかしい」とか、「圧が強くてイラッとする」という声も聞かれるので、すごく成功しているわけではないかもしれない。

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