「名探偵津田」における“前提”の効果

 実際、前提を伴う表現の持つ「圧」は誘導尋問などにも使われることがあるので注意が必要だ[注2]が、バラエティー番組『水曜日のダウンタウン』の人気企画「名探偵津田」では、これが笑いに利用されている。同企画はお笑いコンビ・ダイアンの津田篤宏氏に対するドッキリで、津田氏が番組収録中に突然ミステリーっぽい事件に巻き込まれる、というものだ。津田氏は事件がただのドッキリであることにすぐ気づくが、周囲の仕掛け人たちはまるでロールプレイングゲームのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のように、津田氏に助けを求めてくる。自ら事件を解決しないかぎりこの「ミステリー世界」から抜け出せないことを悟った津田氏が、現実と虚構の狭間で戸惑い、さまざまな無茶を強いられながら謎解きをするのが同企画の見どころとなっている。昨年は、企画内で津田氏が発した「長袖をください」が新語・流行語大賞にノミネートされた。

 私が面白いと思ったのは、企画中に津田氏がたびたび「名探偵の津田さん」とか、「津田! いや名探偵津田!」などと呼ばれることだ。もちろん津田氏は無理矢理探偵役をやらされているわけで、事件解決も仕掛け人たちの誘導によってなされている部分が大きい。しかし、「名探偵」という肩書きとともに名を呼ばれると、「津田は名探偵である」という前提が否応なく成立するため、一気に「津田が探偵をやるのは当然」という空気が出来上がってしまう。私だって、もし「ハイパー言語学者の川添さん」などと呼ばれたら、何かすごいことをしないといけないような気がするだろう。「名探偵津田」という呼称および企画名自体が、前提の効果によって津田氏への圧となり、結果的に「笑い」に変換されているのである。

 こんなふうに、前提の利用は相手に圧を感じさせることが多いが、最近そうではない「応用例」を知った。家電やパソコンのコールセンターで、「電源が入らず、動かない」と連絡してくる客に対して、係員が「一度コンセントを抜いて、挿し直してみてください」と案内するという話だ。

 こういうケースでは、そもそもコンセントが抜けていることが多いそうだが、だからといってストレートに「コンセントは抜けていませんか?」と聞くと、「こっちがそんなことも確認できていないと言うのか!」と怒り出す客がいるらしい。よって、コールセンターの人はそのように尋ねることはせず、「お客さんはきちんとコンセントを挿している」という前提のもとで「一度抜いてから挿し直す」ことを提案するという。すると、それを実行しようとした客が、自らコンセントの抜けに気づくそうだ。

 コンセントが挿さってるかどうか聞かれただけでブチ切れる客もどうかと思うが、「客の持つ“前提”に、あえて乗っかった言葉遣いをする」というコールセンターの方々の知恵には大いに感銘を受けた。前提も工夫次第でさまざまな効果を出せることを知って嬉しく思う。


[注1]「新・バズーカ岡田チャンネル【岡田隆】」
URL:https://www.youtube.com/@bazooka_okada
[注2]くわしくは、拙著『言語学バーリ・トゥード Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』(東京大学出版会)に収録の「本当は怖い『前提』の話」を参照のこと。

川添愛(かわぞえ・あい)

言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』『日本語界隈』(ふかわりょうとの共著)『「わかってもらう」ということ 他人と、そして自分とうまくやっていくための言葉の使い方』『パンチラインの言語学』『裏の裏は表じゃない』など多数。